店主の本音・プロが訪ねる気になる店
バブル崩壊後、急激な値下げを図る店が増えてきた。今までの価格設定は何だったのか。安易な値下げに頼ることなく、店の力量に準じた適正価格を守りたいと片やフライパンを握り、片や計数管理するイタリア料理「リストランテ・ヒロ」の山田宏巳シェフを、同じく二四時間体制、休日皆無で奮闘するフランス料理「ラ・トゥーエル」の清水忠明シェフが訪ね、オーナーシェフとしての日ごろの思いを語ってもらった。
◆訪ねる人=「ラ・トゥーエル」清水忠明さん
(しみず・ただあき)=フランス料理「ラ・トゥーエル」オーナーシェフ(東京都新宿区神楽坂六‐八、Tel03・3267・2120)
一九五六年東京生まれ。フランス大好きが高じてフランス料理に進む。居合いをやる父親から譲り受けた一振りの日本刀を携え、あこがれのフランスで六年間料理修業。帰国は「ラ・トゥーエルジャルダン」日本出店に伴うスーシェフとしての赴任。七年間の勤務後、三五歳で「ラ・トゥーエル」をオープン、オーナーシェフとして現在に至る。
◆迎える人=「リストランテ・ヒロ」山田宏巳さん
(やまだ・ひろみ)=イタリア料理「リストランテ・ヒロ」オーナーシェフ(東京都港区南青山五‐五‐二五、T‐PLACE B棟B1F、Tel03・3486・5561)
一九五三年東京浅草生まれ。新潟「イタリア軒」を皮切りに料理人としてスタートを切る。二年後に帰京し、「ハングリータイガー」「高野ワールドレストラン」などを経てイタリアへ。五年間の修業の後帰国。「バスタパスタ」初代料理長を務めて「ヴィノッキオ」をオープンするが、やむなく閉店。九五年「リストランテ・ヒロ」をオープン。一方で地方での料理講習、執筆など、活動の幅は広い。
清水 山田さんとはテレビ出演がきっかけでお付き合いさせてもらっているんですが、「料理の鉄人」でムキになって立ち向かう山田さんを見て感動した。この時想像した姿が、三畳一間にテレビ一つの生活をしている人ではないかと。
山田 当たりです。下北沢の隣の駅でしたが、どこにでも手が届く狭いアパート住まい。寝転がってビール飲んでテレビを見る気楽な生活。貧乏も怖くなかった。今思えば、金持ちがケチなのは貧乏が怖いんでしょうか。
清水 確かに一度上げた生活レベルは落とせない。落としてせいぜい二割から三割でしょう。
山田 食は特に落とせない。良いものを食べてしまうと。われわれはそれを利用しているというか(笑)。
バブルのころお金に糸目をつけなかった人たちが、今でもお金がなくても良いものを食べたいという要望を抱いている。こうしたニーズに応えて、今まで一万円だったコースを三八〇〇円でやり、半年くらい予約でいっぱいの店があるらしい。価格は安くても安っぽいのは嫌、一流のものを食べたいというニーズ、しかも三〇〇〇円以下ですよ。
清水 三〇〇〇円以下で何を食わすのかと思うが(笑)。
山田 イタリアンは、でんぷんとおいしい油を組み合わせて腹いっぱいにしてしまうが(笑)。
清水 フレンチでは食材の良いのを使い、盛り付けにあれこれ気を使って三八〇〇円ではできない。
山田 フレンチで三八〇〇円は絶対無理でしょう。
清水 やればできるでしょうが、従業員に賃金、ボーナスも払わなければいけない。採算ベースを考えるととても。
山田 お客が得をするということはこっちが損をすること。こっちが損をするとお客が得をする。丁度良くバランスがとれればいいのだが。やったぶんだけはきちんともらうべきと思うし。
清水 あるイタリアンのシェフがどうしたら店がはやるかについて話していたが。
山田 それがわかればコンサルタントになれる。それで食べていける(笑)。
私は何故お客が来ないんだろうと考えるより、逆に何故客が来るのかと考えたい。それには三つあり「良い店、安い店、好きな店」があげられる。
良い店は料理が良い、内装が良い、サービスが良いなど。また何が良いと特別にはないが、好きだから来る店がある。サービスも味も悪いのに何故か来てしまうという。逆に好きじゃないが料理が良いから来る店もあるが。ただ言えることは、好きでもなく、安くもなく、料理が良くないでは絶対に来ない。
うちは安さでは絶対に来ない店。ボッタクリはしてないけど(笑)。安売りは奥の手。それこそ何割引きというのは絶対にやらないし、値段のサービスはしない。
われわれが狙うのは、お客と仲良くなり、フレンドリーな雰囲気で、あいつがいるから何とかしてくれるという少々わがままを聞いてくれる部分、価格抜きで好きな部分、それと味がよい、サービスがよいというところを充実させたい。
だから店を閉める寸前まで値下げはしたくない。今までも一度もやったことがない。
清水 その論は客が来ているところの話。来なくなったらそれどころではない。それこそ奥の手は安くすることですかね。
以前、ホテル時代のことですが、単純に二万五〇〇〇円を一万五〇〇〇円にしたところ、今までの二万五〇〇〇円で満足していたお客が来なくなり、値下げをやらなかったほうがよかったのではと。
この経験から、店を持ったオープン当初は三五〇〇円でスタート、ちょっと忙しくなって五〇〇〇円。今は七〇〇〇円です。
山田 上げていくのは自然だと思う。だんだん味、サービスも良くなっていくんですから。
例えば、三〇〇〇円、五〇〇〇円、七〇〇〇円のコースがあるとして、オーダーに三〇〇〇円コースが入るとやはり嫌だと思うでしょう。
清水 思いますよ。
山田 それならやめたほうがいい。嫌だと思ったものをやると良いものができない。例え三〇〇〇円でも心を込めて作らなくてはというが、これはあくまでも建て前(笑)。
清水 その上、酒も飲まず水だけで思いっきり長居されたら(笑)。それでもお客はお客だからどうしようもない。心の中は建て前と本音の葛藤です。
山田 お客とわれわれとは満足点がなかなか一致しない。われわれは売上げを上げ、良い仕事をしたいとか際限がない。安いコースが入っても嫌とは思わず納得しようとする。
清水 最終的には数字で納得しているんじゃないですか(笑)。
山田 一日の売上げ数字を見て、まあ、いいやと(笑)。ただ納得のいかない数字ではきつい。なんとかしなくてはと納得いくようにする。
山田 将来はイタリアで店を出したい。一人では大変だから友達三人と一緒に。あまり細かい人は金でもめるから、適当に儲ければ良いという太っ腹の人が良い。これからイタリアとは切っても切れない長い付き合いになるだろうから、そうした縁、運が生じた時、すぐに行動が起こせるようにしておきたい。
東京に支店を何店も出すよりイタリアに一店出したほうがいい。三人でやれば何ヵ月かの交代で行ったり来たりでき、若い者も出られる。
清水 山田さんならできますよ。世の中には運がある。
山田 一生のうちだれでも三回のチャンスがある。それをポンポンと生かす人もいれば全部を殺す人もいる。
清水 私はフランス料理の土俵で闘っているが、フランスの代表でもないので(笑)イタリア料理の良いところも取り入れ、私の料理として出している。
実際、フランスでおいしかったものをそのまま日本に持ってきても、決しておいしいとは言いきれないし……。
山田 イタリア料理でも地域など絞り込んでやっている人もいるが、情報化の時代だから自分の幅なりにもっと広げていきたい。ただ自分らしさを出し続けていきたいから清水さんの所にも行こうとなる。
清水 私はグランメゾンを目指している。腹いっぱい食べたいというのなら吉野家の牛丼を食べればいい。手間という付加価値をつけ、非日常性あるフレンチを食べたいというニーズがあれば、われわれは生きのびれる。値段を含めて出て行った時、また来たいねと言わせる店にしたいですね。