シェフと60分:「アッカ・プント・エッフェ」オーナーシェフ・藤田浩氏
「福岡でしか味わえないイタリアンを」と席数二〇席のこじんまりとしたイタリア料理店「アッカ・プント・エッフェ」が福岡市の繁華街・天神地区から少し離れた警固にオープンして二年あまり。地元の野菜や魚介類などの食材を使いながら、常連のイタリア人も「故郷の味」と納得する本格イタリアンがアラカルトや各種コースで楽しめる。
なかでもイタリア各州の郷土料理を月替わりで紹介する地方料理コース(四二〇〇円)を目当てにやって来る常連客も多い。例えばローマのあるラツィオ州の月には仔牛肉のサルティンボッカローマ風、ナポリのあるカンパーニャ州の月ではカサゴのアクアパッツア、ミラノのあるロンバルディア州の月では仔牛スネ肉の煮込みミラノ風と、その月ごとに各州の地方料理が味わえるという趣向になっている。
「あえてあまり福岡では知られない、変わったものばかり出しているから、初めての人はびっくりする方が多いんじゃないかな」と笑う藤田シェフ。イタリアの二〇州ある地方のうち今のところ提供している地方料理は一二州ほどになる。
海の幸、山の幸と新鮮な食材に恵まれた福岡では、「せっかくの新鮮な魚は刺身にかぎる」とあまり手を加えない料理を好む土地柄。バブル時などで増えたフレンチなど洋食系の料理店の数も現在は減少傾向にあり、福岡という地方ならではの苦労も多い。
「福岡は居酒屋文化。洋食はまだまだ厳しいですね。イタリアンの店は増えたものの、年配の方などはわりと味覚に保守的で。食べたことのないものに対しては、東京などに比べて、なかなか試してみようという意識が少ない。若い人についてはあまり東京と変わらないのですが。でも一度食べたらわりと気に入ってもらえるようで、毎回地方料理のコースをオーダーしてくださるお客様もだいぶ増えてきた。こちらもいろいろバリエーションを変えていかなければならないので、やりがいはありますよ」
もともと自分のお店を経営したいという夢があり、「自分で設計した店のオーナーになれたら」と設計を学ぶため大学に進学。学生時代、焼き鳥屋やレストランバーなど飲食店でアルバイトをしたのがきっかけで飲食店を経営してみたいと思うようになった。卒業後は設計の仕事を六年半経験した後、料理の世界へ。イタリアンの店を始めようと思ったのは、「イタリアの文化が大好きだったから」という。
「なにしろ、料理はもちろん車やバイク、建築、音楽、イタリア語の言葉の響きと何もかもが好きで」設計士から料理人へと異業種からの転身。「修業を始めたころは若い人たちと比べ年齢的にきつい面もありましたが、その時はイタリア料理をやることだけしか考えていなかったので、すべてクリアしようとがんばりました。そんな目的があったから、今思えば苦労も楽しみに変わりましたね」と振り返る。
「イタリアは街中にももちろんいいレストランがありますが、地方の街からはずれた何もないようなところにも結構いいレストランがあって、そんな感じのイタリアンレストランが福岡にあってもいいのではと福岡市の繁華街・天神地区から少しはずれた住宅地である警固に店を構えることにしました」と言う藤田シェフ。
元来イタリア料理は、その地方で採れたものを使って料理するのが基本。「福岡や長崎をはじめ地元九州の食材を使ってイタリア料理ができれば一番。福岡にしかない野菜など土地の食材をもっと開拓してゆき、イタリアンのベースをふまえつつも独自な『福岡イタリア料理』を提供していけたら……」という。
店名の「アッカ・プント・エッフェ」とは、イタリア語のアルファベットでHをアッカ、Fをエッフェと読み、博多と福岡の頭文字を意味するものだそうだ。「博多・福岡の地に根付いたイタリア料理にしたいという願いが込められているんです」という。
これからどんな福岡イタリアンが展開されてゆくのか楽しみだ。
(文・カメラ 上野良重)
◆プロフィル
一九六三年熊本県生まれ。九州芸術工科大学で環境設計を学び、卒業後は東京で設計の仕事を六年半勤務。その後、自分の店を持つという夢を実現するため、五年間のイタリア料理店勤務でホールや厨房の仕事を学んだ後、イタリアへ。ロンバルディアやピエモンテ、リグーリアなどイタリア各地で約一年修業したほか、イタリア各地の料理を食べ歩いて地方料理を研究した後帰国、大学時代を過ごした福岡市へ。大学卒業後十数年ぶりの福岡の街の変化に驚き、夜に魚市場で働きながら、昼は店の物件探しも兼ねて福岡の街を研究する。イタリア郊外のリストランテをイメージして、福岡市の繁華街・天神地区から少し離れた住宅地・警固に場所を決定するなど約半年の準備期間を経て、一九九九年6月に「アッカ・プント・エッフェ」をオープン。
・所在地/福岡市中央区警固二‐二‐一一、シャンボール警固1F
・電話/092・733・3117
◆私の愛用食材 リコッタチーズ
チーズを作る過程でできる乳清(ホエー)を加熱凝固させて作るリコッタチーズは、低カロリーでさっぱりとした風味が特徴。長期保存できるカップなどで販売されているリコッタチーズが多いなか、このリコッタは布袋に入れてパックされた状態で輸入されている。
食べ比べてみて最も風味が豊かで、後味も良く「作り手の気持ちが伝わってくるようだ」と愛用している。
「とてもフレッシュなので味わいが違います。昔は手に入りにくかった食材が、今はこうして入手しやすくなったのは大変助かります」
デザートをはじめラビオリの詰め物、パスタのソースなどいろんな料理に利用すると、料理にコクが出るというこだわりの食材だ。