シェフと60分:フランス料理「オーベルジュぶどうの木」総料理長・米田岳人氏
初めて「ぶどうの木」を訪れた時に、たわわに実った目の前のブドウ園と、かつて過ごしたフランス・ブルゴーニュ地方の風景が重なった。
「ここなら自分の思い入れを込めた仕事ができる」
フランス料理を志して一〇年目。ベルギーからフランスへ渡り、計六年間にわたってフランスの古典料理を学んで帰国した直後のことだった。
ぶどうの木は、金沢市南部の栽培面積約二ヘクタールの広大なブドウ園の中に、フランス料理の「オーベルジュぶどうの木」、フランス風中国料理「シノワぶどうの木」、パスタ料理「イタリアンカフェぶどうの木」、洋菓子工房「ぶどうの木」、クラフトの「ハーブガーデン」が、それぞれ独立した形で店舗展開している。
その中核をなすのがオーベルジュぶどうの木。フランスの田園風景を思わせる静かでのどかな雰囲気と、ブルゴーニュ地方の“おふくろの味”をアレンジした独特のフランス料理で、特別な日の「大人のレストラン」として人気を集めている。
一八歳でピッツァ店の見習いに入り、二〇歳でフランス料理に転向。だがフランス料理を知れば知るほど、本物のフランス料理から遠のいていく自分を感じた。
「日本で学ぶフランス料理は、しょせん僕らの先輩が作る料理をまねているだけ。どうしてこういう料理が生まれたのか。なぜこの食材を使うのか。どうしてこういう味付けになったのか」
料理を作るたびに突き当たる単純な疑問。フランス料理を基本の深い部分から理解するには、やはり現地に学ぶしかないと思った。
二四歳で単身ベルギーへ。今もベルギーに受け継がれるフランスの古典料理を学ぶためだったが、二年の滞在の間に思いがけない副産物も身につけた。野鴨やイノシシ、シカ肉などを使った「ジビエ」と呼ばれる野禽料理だ。
「本当にラッキーだったと思います。滅びつつあるジビエ料理を基礎から学べたお陰で、鳥料理は今の私のもっとも得意な料理の一つとなっています」
さまざまな野禽類の扱い方をマスターして、いよいよフランスに渡った。「あまりいい思い出はない」というパリを数ヵ月で切り上げ、寝袋一つを抱えてあてもないままにブルゴーニュに向かった。そこでたまたま食事に入った店で出合ったのが、この地方特有の素朴な家庭料理。マダムの作る一皿一皿に、ようやくフランス料理の原点にたどり着いた気がした。
請われるままに厨房に腰を落ち着け、それまで見えなかったフランス料理の背景をじっくりと見聞した。このブルゴーニュがフランスワインの一大産地だったことも、ワインの知識を吸収するうえで大きなメリットとなった。
ぶどうの木全体の厨房を統括する総料理長を兼ねたオーベルジュぶどうの木のシェフとなって五年目。ブルゴーニュで培った「フランス料理は食材の組み合わせの妙」を信条に、食材の仕入れには細かな心配りを惜しまない。
より本場の味に近づけるために、牛肉、羊肉、鶏肉、鳩などはフランスからフレッシュを直輸入。魚介類は直接金沢港に買い付けに通い、野菜は契約農家に品種を指定して栽培を委託している。
また地場の特産品を取り入れることにも積極的で、たとえば加賀料理の食材として使われる加賀野菜の太キュウリや加賀レンコンは、ガスパチョやスープなどの食材としてひんぱんに利用している。
「使ってみたい食材はまだまだあります。今もっとも興味があるのは豆類とスペインの生ハム。とくに豆類は調理に手間がかかりますが、種類ごとにそれぞれ違った味わいがあり、その面白さが出せれば料理の幅がぐんと広がるような気がします」
オーベルジュぶどうの木に米田流フレンチが定着した現在、次に目指すのは「体にいい料理」。
「心からくつろげる空間の中で、有機野菜や新鮮食材を豊富に使った料理を食べて、お客様に心も体も健康になってもらえたら、それこそシェフみょうりに尽きる」と米田シェフ。
金沢の海の幸、山の幸がいっそう豊かになるこれからの季節、オーベルジュぶどうの木にどんなメニューが登場するのか、楽しみなところだ。
(文・カメラ 小野美枝子)
・所在地/石川県金沢市岩出町ハ五〇‐一
・電話/076・258・0204
◆プロフィル
一九六六年富山県生まれ。両親が商売を営んでいたため、自分のおやつや夜食は自分で調理するのが子供のころからの日課だった。一九歳で上京し、沖縄に本部のあるピッツァハウスに入店。二〇歳の時に以前熊谷喜八がシェフをつとめていた葉山の「ラマレド茶屋」に移り、フランス料理の奥深さに目覚めた。二四歳から三〇歳までベルギー、フランスで修業を重ね、帰国後「オーベルジュぶどうの木」のシェフに。フランス時代に知り合ったシェフ仲間とは、今もひんぱんに情報交換を続けている。休日はもっぱら愛車のマスタングの手入れと、他店の料理の食べ歩き。一足早くパティシエになった兄と二人、いつか自分たちの店を持ちたいというのが夢。
◆私の愛用食材 地場産クレソン
客を通じて未知の食材と出合うことも多いという米田シェフ。金沢市諸江地区で圃場栽培された半自生のクレソンもその一つ。 現在、市場に出回っているのはほとんどが温室栽培されたものだが、太陽の光と清冽な水を養分として育ったクレソンは和名を「オランダ芥子」といわれるように、ほどよい辛みと苦み、甘みが混然となり、香りも強い。料理のトッピングや付け合わせとしてだけでなく、クレソンサラダやクレソンスープなど、料理の主役としてもフルに愛用している。
諸江地区は浅野川にほど近い水利を利用したセリ栽培が盛んな地域。その中の一軒の農家が余技に育てたクレソンだが、今ではオーベルジュぶどうの木の主要な食材として欠かせない存在となっている。