料理の潮流:アロマフレスカコーポレーション総料理長・原田慎次氏

2005.05.02 300号 13面

予約が取れない人気店として一世を風靡(ふうび)したアロマフレスカの原田慎次氏が、また新たなコンセプトの店をオープンした。目まぐるしく変化するニーズと不変なものの融和。人気店を生み出すシェフに新展開を聞いた。

‐‐2月に新しい店(カーザ・ヴィニタリア)を麻布にオープンされたそうですね。

原田 もともと恵比寿にワインショップを持っていまして、レストランでワインを飲んで、さらにショップでも購入できるという「レストランバー」が理想でした。ここは一階にそのワインショップを移動して、二階がレストランになっています。こうした楽しみ方ができるイタリアレストランは、これまでなかったと思いますから、自分にとっても挑戦ですね。

‐‐最近のイタリアンを取り巻く環境をどうみていますか。

原田 時代の変化がものすごく早くなっています。イタリアンに限らず、飲食店はいま五年以内にピークが過ぎてしまう。これはシェフとしてだけでなく、経営側に立ってみても怖いことです。

いまのお客さまは舌も肥えて知識もあるので、判断の基準が厳しくなっていますね。僕がアロマフレスカを始めた八年前は、極端な話、ちょっと頑張れば認めてもらえた。でもいまは、ちょっとやそっと頑張ってアイデアを出したぐらいでは、なかなか認めてもらえないと感じています。それくらいお客さまを満足させることは難しくなっています。

最近はスペインのエル・ジブがはやりましたが、今までの味や形と異なる価値を創造して、それが斬新でした。でもマスコミで取り上げるほど、お客さまは最先端なものを望んでいるわけではないと思います。実際にはごく当たり前なものを求めていて、その基準が前より高くなっている。

それは、サービスや内装なども含めた総合力でしょうか。僕はサービスと料理は足し算ではなく、掛け算で高まっていくものだと考えています。イタリアンでもフレンチでも、二〇年以上、お客さまから支持されているシェフの店は、やはりそうした総合力に秀でたパワーがありますよ。

要は、足元がしっかりしていること。スタッフ全員が心をこめて「ありがとうございます」といえる、そちらの方が大事だと思います。食べる側の多様化が進んで、料理人も自分の個性を前面に出しやすくなりましたが、それにあぐらをかいていると足元を救われますね。

また資金的なことをいえば、今は若い人でも簡単に独立できるようになりました。でも実力があるのに、こじんまりとオーナーシェフに収まってしまうのはもったいない。資本が大きくなれば、経営のリスクも大きくなりますが、小さな店では実現できない夢を持てる可能性はあります。

‐‐品川のアロマクラシコは、炭焼きを特徴にしたイタリアンでしたね。

原田 アロマフレスカの時には、席数やキッチンの限界で大人数に対応できないというもどかしさがありました。また肉はブロックで焼いた方がおいしいなど、素材によっては理想の料理の形があります。そこで、アロマクラシコでは店も大きくして、一〇人くらいのお客さまにも対応できる炭火焼きをメーンにしました。

まだ課題もありますが、自分で「これはできるかな」と思いつつも、ちょっと高めのハードルを設定すると、今度はそれが普通になる。人間のキャパシティーというのは広がっていくものだと品川では勉強になりました。

‐‐今回のレストランバーでは、イタリアワインが注目されます。

原田 フランスワインに比べて、イタリアワインは日本ではまだあまり一般的になっていません。でもイタリアは、フランスに勝るワイン生産国で、輸出量も世界一。ただ、南北に細長い地形の気候や土壌の多様性さで、ブドウの品種も一〇〇〇種以上もあるといわれ、そのバリエーションの複雑さが魅力である一方、選ぶ難しさもあるんです。「イタリアワインは分からない」という方も多いので、少しずつ、間口を広げていきたいですね。

またアルコールはいま焼酎ブームですが、そろそろまたワインに戻ってくるのではないかとみています。過去にもワインバーがブームになったころがありましたが、あの時は価格が高く、お客さまに優しいワインバーは少なかった。またワインをそろえるレストランは、料理の単価が低くても、ワインを飲むと支払い額が高くなるというイメージがありました。

でもいまは、市販も含めてかなり適正価格になっていますし、安くておいしいものがそろっています。この店でも、小売価格に若干のプラスで気軽にワインを楽しんでいただけるようにしています。

ただ、お客さまがいいと思わないとブームにはなりません。潜在的なニーズを満たす新しい要素を具現化した店が何件かできて、はじめてブームになっていく。この店もそのうちのひとつとして支持されればと思っています。正直にいえば、先のことは分からない。オープンから二ヵ月あまりですが、食事の後、下のショップでワインを購入されるお客さまもいれば、ほとんどワインを召し上がらない方もいます。毎回オープンするたびに、予想外のことが起きますから、必ず柔軟に対応できるように一歩引いて見ています。

イタリアンは、まだアプローチの仕方がいろいろあります。僕らは先輩たちが築いてきた土壌の上で、自由にできる時代になりました。その意味で今はとても恵まれています。これからも僕は挑戦し続けると思いますが、前向きに自分が楽しくなければ、お客さまも楽しませることはできない。店を出して数年で投資を回収しようというつもりはなく、お客さまに長く愛される店をつくろうと考えています。

(文責・阿多笑子)

◆プロフィル

はらだ・しんじ=一九六九年栃木県生まれ。東京・六本木のイタリア料理店「ヂーノ」で修業を積み、九四年に青山「ジリオーラ」のシェフに。九八年共同経営で広尾に「アロマフレスカ」(休業中)をオープンし、人気店のシェフとして名をはせた。現在は東京・品川の「アロマクラシコ」ほか数店を統括。今年2月麻布十番にワインショップ&レストランバー「カーザ・ヴィニタリア」(東京都港区南麻布一‐七‐三一、Mタワー二階、電話03・5439・4110)を開店した。著書に「アロマフレスカのパスタブック」(講談社)など。

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