めんつゆ 要求される芸に近い技術、微妙な差が決定的差に
しょうゆに砂糖を加え、アクをとりながら弱火でゆっくりと砂糖を溶かしていく「本がえし」と、砂糖をあらかじめ湯で溶かして生じょうゆと合わせる「生がえし」があるが、ともにしょうゆと砂糖がよく混合され、なじみ合うことが必要とされる。そのため、このようにして混合された「かえし」は、なじみきるまで一週間程度かめなどに入れてねかせたものを使うことが多い。
だしのとり方にしても、かえしづくりにしても調理作業としては比較的単純なものであるが、良いだし、良いかえしをつくるとなると、そう簡単ではない。節の選び方、混合の比率、加熱の時間や方法によって味はがらりと変る。かえしにしても、しょうゆの厳選、砂糖のとかし方、火加減、アク引き、ねかせ方など微妙な技術差が最終的な味の差になってあらわれる。
有楽町更科四代目で、そば研究家でもある藤村和夫氏は、著書「そばつゆ、うどんだし」(食品出版社刊)の中で、有楽町更科に伝わる口伝を次のように披露しておられる。
「汁とは醤油が入っていて、醤油が入っているとわかっちゃいけない。鰹節が入っていて鰹節が入っているとわかっちゃいけない。だしがきいていて、だしがきいているとわかっちゃいけない。砂糖が入っていて砂糖が入っているとわかっちゃいけない。みりんが入っていて、みりんが入っているとわかっちゃいけない」
まさに、芸というに近い技術が要求されているわけである。
しかし、そばを食べようとしている人は、常にこのような老舗の味を味わおうとしているわけではない。
ビジネス街にあるそば店には、昼食時ともなれば、サラリーマンやOLがどっとつめかけるが彼等は一応納得のいく味のそばで、空腹を充たすことが出来れば充分満足なのである。また、家族連れの多い郊外のそばチェーン店には、子供向きのバラエティーメニューが揃っていることも必要である。
さらに、駅や高速道路サービスエリアの立喰そばは迅速さが不可欠である。寒風の中ですすり込む熱い立喰そばのうまさは、気取った会席料理も及ばない。
さまざまなニーズによって食べられるそばは、さまざまなTPOに合わせて供給されることによって、日本人に、かくも広く愛される食となっているわけである。