女性調理人、センスが調理に生きる 悩みは大きく重い器具
老舗割烹「なだ万」帝国ホテル店(東京都千代田区、03・3503・2878)が、和食業界では画期的な女性調理人採用に踏み切ったのは四年前。
「バブル末期で採用難だった時、専門学校では女生徒比率は年々増え、しかも優秀だと聞き、男社会であった厨房に女性を入れてはどうか。また、これからますます若者は減少傾向にあり、男女を差別することなく今から育てよう」(橋本隆雄常務取締役)と、現場の了解を得、定期採用とした。
「ニューヨーク支店があるが、あちらで女性調理人が闊歩している姿を見て、日本でも当然やるべきことと思った」
帝国ホテルでは、四〇人のスタッフに交じり六人の女性調理人が働いている。
「今まで男の聖域だった厨房に女性が入るとは前代未聞」(木浦信敏調理長)と、反応は必ずしも良くなかった。
まず、半年間ホールに入り、外から厨房を見た後、厨房に配属される。
「初めは、男性と違った安全メニューでやっていたが、逆に男性と一緒にやってくれ」との要望があり、今では、男女とも同じ。
憧れから入り、現実とのギャップから、男性の場合、一年に三~四割は脱落するという。
「女性の場合、目的意識がはっきりしているのか、定着率が高い。また、根気が強いため、宴会料理など数が多いと飽き易い男性に比べ、女性の方が力を発揮する」
女性調理人も男性だけの厨房に入り戸惑いがあったようだ。
「玉子焼を簀巻きにする時、鍋が重くてできなかったが、今はできるようになった。厨房機器・器具は、すべて男性を基準としたサイズ。高い調理台では力が入らず、踏み台を置いてもらっている」など、周りの人の援助を受け、和やかな雰囲気だ。
「四〇人のスタッフ。スーパースターはいらない。全体のレベルを上げる指導をする」としている。
スタートは、女性が優位だが、四~五年で横並び、あとは個人差といわれる技術の世界、「先例がなく試行錯誤だが一〇年タームで眺めたい」。
渋谷の割烹「小田島」の姉妹店として、3月6日スタッフ全員女性の「パリ宴(うたげ)めし」(東京都目黒区、03・5722・0141)がオープン。
肩肘張ったレストランではなく、家庭の味を提供し、「居心地良いと来る人を招き、ワイワイガヤガヤ楽しい雰囲気でやりたい」(鈴木準子店長)。
鈴木店長は、「有栖川」「小田島」では、客として通い、味の批評をしていたという。
「自分流で、自分が一番と思っている評論家です。それを楽しんでやっているのが鈴木流」と、楽しみついでが、自らオーナーになってしまった。
すべてゼロから作りあげようと、「本来ならでき上がっている人を採用するが、あえてこれからの人を採用」、スタッフは四人。厨房二人、ワインに精通した人一人、その他オーナーの幅広い人間関係から、TPOに応じ強力な助っ人が得られる。
オーナーに、「未知数だが、期待の星」といわせるのが山田紀子さん。専門学校卒業後、和食の「北畔」で三年修業。「小田島」でも腕を磨く。
「厳しい“和”の世界に耐えた来た数少ない女性調理人、気持ち四〇歳の人」。山登りと写真を趣味とする。
「タテ社会の厳しい調理人世界で、出し惜しみをしない小田島シェフとの出会いは大きい。こういう人が和の世界を変え、また、それを期待します」と、キッパリいい切る。
「小田島」で見た創作の世界、真似ではなく、オリジナル性をもつメニューを出して行きたいともいう。
「ライバルは、小田島シェフです。今は、シェフの指示を仰ぎながら試行錯誤で、客と楽しみながら作りたい」。
洋食が“和”を採り入れる所は多い。「小田島」の流れを汲み、和食に“洋”を入れ、ワインをはじめ、フランスパン、エスプレッソなども提供する。
「女性の趣味で飾りたてたり、押しつけがましいことはしたくない」としながら、器とか内装には細かな気配りが感じられる。
「お客とのコミュニケーションにより店の味を定着させたい。ターゲットが女性だけに、ケーキの経験を生かし、デザートも考えたい」と、独立を夢見、今を一生懸命頑張っている。
一昨年9月、全スタッフ女性のラーメン店としてオープンしたのが、「ラーメンとん太」赤坂店(東京都港区、03・3586・6133)。
全国に「ラーメンとん太」を二八四店舗展開する(株)秀穂だが、都心で、しかも女性スタッフのみの店舗は初めて。
「味の実験店舗として、また、オペレーション中の無駄の見直しの一つに、女性で代替できるものは女性にまかせよう」(原田充彦常務取締役)と、思い切って赤坂店をオール女性スタッフとした。
他店と違い、メニューを一一種のラーメンに絞り込み、焼き物は除外したため、厨房もスッキリしたレイアウト。
徹底したマニュアル化により、麺、スープ、味噌は、すべて本部から運ばれ、スープの煮込みも、重い寸胴鍋をアチコチ動かさずに、一ヵ所で煮込むだけだ。
スタッフは四人。八時間勤務で、朝10時から翌朝4時まで一週間交代のローテーションを組む。スタッフ全員が未経験のため一週間の研修を受けた後、当初の三ヵ月間男性店長とヘルプ一人を置き、実地研修をさせ、以降まったくの一本立ちとなった。
女性の店舗運営は、「いつもどうしたら良いかを考え、取組みが生真面目で、いわれたことだけをやる男性よりずっと優秀」と評価。販促も女性のセンスにまかせ、バレンタインチョコレート、桃の節句などのプレゼントやナタデココヨーグルト、餃子+ゼリーを新たにメニュー化した。
「深夜の仕事も仕事として認識しているので、そう苦になりません。酔った客がからむこともありましたが‐‐」(坪井英子マネージャー)
深夜労働については三割増賃金、また警備保障会社と連結させるなど、女性の職場としての体制は整えられている。
第一号店をステップに、3月には、千葉市内に、オール電化厨房、オール女性スタッフの店舗をオープンさせる。新しいスタイルの店舗として、反響がありそうだ。
第一ホテル東京(東京都港区、03・3501・4411)、カフェバー「トラックス」は、若い人に一人でも会社帰りに“気軽に”立ち寄って欲しいとして、昨年9月からバーテンダー五人すべてを女性とした。
キャプテンの澤千絵子さんは、フロント歴、バーテンダー歴二年。
「もともと酒に興味を持っていたのでバーテンダースクールに通っていた。バーテンダーの仕事は、自分に向いている」として、五年のキャリアのある先輩と二人で二一階のバーに務め、女性バーテンダー二代目として腕を磨く。
「トラックス」に移り、当初は男女のバーテンダーだったが、半年後から完全に女性のみとなった。
客層は、三〇代から四〇代が占め、「いろいろ教えられることが多く」、仕事場を離れても知識を得るため美術館巡りをして、自分を磨く。
「女性の気配り、きめの細かさを表現し、酒で酔わせるのでなく、言葉で酔わせたい」
技術が問われる仕事だけに、トップも積極的に教える姿勢だが、「これからは、社内コンクールをどんどん開き、定番のものにオリジナルとして足せば、励みになる」とチャレンジ意欲満々。
昨年は、“サントリーザ・カクテルコンペティション”リキュール部門で優勝した。
女性もキャリアを積む時代になったが、依然結婚・子育てのネックは改善されていない。「能力ある女性を使い切れない企業は人的機会損失を侵している」と家庭保育ネットワークをボランティアで全国展開するエスク(東京都大田区、03・3723・1122)代表の名木純子さんは語る。
また「少子時代になっている今こそ企業は子育てしながら女性が働ける環境を整え、二一世紀の労働人口が少なくなる時代に備えるべき」とも。「子ども達は次代を担う大切な社会的資源であり、健全に育てるのは大人共通の責任。それは企業にとっても有用な人材を育てることにつながる」。“女性の時代”などというトレンドで女性の社会進出をとらえず、社会的視座でしっかり見すえなくてはいけないと警告する。
エスクは困っている人を助けようということから活動を始め、在宅の主婦に社会活動をしてもらい、外に出ている女性に安心してキャリアを積んでもらおうと地域に根ざした活動を進めて二〇余年になる。全国に子供を預ける会員は一万余人、三〇余の国籍をもつ人が加わっている。公の保育が時間、その他規制が多いのに比べ、女性のさまざまな職業に対応し、希望に応える保育を行っている。そのネットワークは厚生省の「エンゼルプラン・プレリュード」、労働省の「ファミリーサポート・センター」構想のモデルとなっており、高い評価を得ている。
名木さんは「企業もそろそろ能力あるパートナーとして女性を意識する時代、トップの意識改革が必要」と女性活用、それにともなう次代の資源である子供達の抜本的環境の整備に企業も参加することが急務と語る。