シェフと60分 オーストラリア食料、食品コメンテーター ピーター・H氏
オーストラリアと聞いて牛肉の次にワニ、カンガルーを思い出すようでは一流シェフになれない。伊勢エビ、タイ、ソバ、カボチャなのである。この春、さらに“ミリン”というジャポニカ米をひっさげてミニマムアクセス元年のコメシェアの大幅拡大を狙い日本にさかんにアプローチしている。世界で一番最初に新米が収穫される国であり、3月~5月が収穫期。このジャポニカ米ミリンを始め、オーストラリア食材のPRで来日したピーターさんは「オーストラリア国内でも、コメを使った料理が増えている」と、アジアの食文化が急速に受け入れられている様子を語り、「この二年間でのコメの消費量が一人当たり三・五キログラムが七キログラムと二倍になった」と言うから驚く。
「オーストラリアは建国してからまだ二世紀と若い国で、代表クイジーヌ(料理)がない。日本は歴史があり、ナショナルクイジーヌがある。われわれは日本にオーストラリアの大自然の恵みの中で育った食材を提供し、日本はわれわれに料理への情熱と伝統をくだされば両国の利害が一致する」として、ピーターさんが推薦するのが「すし」。
「時間をかけて下準備し、味を追求しながらも美しい盛り付けを探究する日本人の食に対する貪欲さ、固守するあくなき姿勢」とオーストラリア自慢の水産物とコメが絶妙に合体できる。日本にはオーストラリアの食材を、オーストラリアには日本の料理方法を広めていきたいと言う。
日本のクイジーヌにぞっこんだ。たとえば肉料理。八七ヵ国の民族が住む、いわば人種のるつぼであるオーストラリアの代表クイジーヌは定番のバーベキュー。しかし、日本ではステーキ、ハンバーグ、シチューなど、実にさまざま。しかも、それぞれをさらに和・洋・中と巧みにTPOに合わせて料理しわけることができる。「肉料理の中ではバーベキューが一番おいしくヘルシーな食べ方であるが、アイテムの豊富さ、創造性では日本から学ぶべきことがたくさんある」と料理の伝統の奥深さに傾倒する。
ピーターさんはオーストラリアで「モダンオーストラリアクイジーヌ」を提案している。「簡単なレシピで複雑な料理方法を用いず、日常の材料で最も大切な品質やフレーバーを引き出す」というもので、要は新鮮な食材を素早く調理し、素材の栄養分とうま味を最大に引き出す。つまり、いい材料で効率良く料理するということ。
特にクイックは重要なキーワード。家庭においては共働きが増えているため、いかに手早く作るかが大切だし、レストランにおいてもテークアウトやファストフードでお客はクイックサービスに慣れており、最大のサービスであるというのが持論だ。
「オーストラリアでの肉の焼き方はウェルダンしかない」。これを短時間で仕上がるミディアムにするともっとおいしく食べられる。また、チキンやポークもスチームで焼きあげると骨離れも良く、とても食べ易い。そのためには近代的調理方法とフレーバーが必要」と、オーストラリアのトラディショナルクイジーヌに新風を巻き起こしている。
牛肉大国のアメリカでは、ヘルシー嗜好の高まりからビーフの消費がチキンやシーフードに需要がシフトする傾向があり、同じく牛肉大国であるオーストラリアにも同様の傾向があった。しかし、オーストラリアでは最近、再び需要を戻しているという。「赤身を食べると血液の鉄分が多くなり体に良いということで、女性や老人、運動する人など鉄分を摂取したい人たちの間で需要が伸びている」。穀物肥育のグレンヘッドにしてから一五〇~三六五日かけて育てるようになったので、肉質が向上して味が改善されたことも見逃せない。
ピーターさんはリラックスしたプレゼンテーションのスタイルやセンスあるユーモアでオーストラリアでは最も良く知られたフードコメンテーター。一〇年間にわたるテレビのレギュラー番組では毎週一五〇万人以上の視聴者をテレビの前に釘づけにしている。ラジオや新聞、雑誌と活躍の場は広く、六冊の料理本を発刊、最近ではクッキングビデオも制作した。
時代とともにクイジーヌはいろいろと変化しているが、一貫して「フレッシュ&クイック」を唱えている。
文 福島厚子
カメラ 岡安秀一
一九四七年5月、クィーンズランド州で生まれる。七二年にイーストシドニーフードスクールでケータリングおよびホテル経営学を修業、八七年にはI・T・A・T・Eを卒業し教育学士を取得。七〇年代に初めてレストランを経営し、その後三つのレストランと二つの給食事業を手がけるかたわら、シドニーの高名なフードスクールで八年間教鞭を取る。現在は飲料・食品コメンテーター業に専従。食品メディアクラブ会長、シドニーシェフ協会会員。ほかに数多くの食品やワイン会社の顧問を務める。