シェフと60分:新日本料理「神田川」店主・神田川俊郎氏
アイデアの人である。二二歳で開いたのは、当時の「おでん屋」というイメージからはほど遠い、今の言葉でいうならば「おしゃれなおでん屋」。変わり種のおでんをいろいろ考案し、懐石風に一皿ずつ出すスタイルを取り入れた。次に開店したスッポン料理の店では、鍋のほかに、スッポンの造りやにぎりずし、唐揚げなどの新しい料理を出して評判を博す。
その二軒をステップに、現在の大阪・北新地の「神田川本店」を開店するのだが、一貫しているのが「自由な発想」だ。三〇年以上も前から提唱しているのが、ジャンルや素材にこだわらない「新日本料理」だ。
「伝統的な日本料理にアレンジを加えて出すんやけど、当時はそういうもんはあんまりなかったね。食材には、フォアグラやキャビア、キヌガサダケなども使っていた」
支店には、日本料理をベースにした「はしで食べるフランス料理」の店もあるが、こちらも開店したのは二五年ほども前。時代の何歩も先をいっていたといえるだろう。
その「型にこだわってばかりでは面白ない。時には発想の転換も大事や」という姿勢とサービス精神が大いに発揮されたのが、かれこれ三〇年ほど前からというテレビ出演であろう。派手なパフォーマンスと軽妙なおしゃべりで一躍有名になるが、料理界からの冷たい風にもさらされることになる。
当時は「料理人がベラベラしゃべるなんて」などと思われていた時代。不本意なことを言われることも多かったという。「さぞかしつらいことも…」という質問には、「出る杭は打たれるけど、打たれへんかったら錆ます。何言われても気にせず、わが道を行く」ときっぱり。その強さからは、厳しい修業で培った腕への自信と信念が感じられる。
「今では、楽しい料理番組もぎょうさんある。私が草分けとしてきっかけを作ったんやと思てます」
料理人に光を当て、料理をお茶の間により近づけた功績は大きい。
新日本料理とは、日本料理の基本定石をふまえた上で、さらに新しいアイデアをプラスしていこうというもの。新しさの中にも、本物の味を
盛り込んでいくのがねらいだという。
その豊かな発想と力量を見せつけたのが、今年の正月に出演した「料理の鉄人」である。
「二一世紀の料理初めやから、負けたらいかんと。フレンチの坂井宏行さんには前に負けた経験があるから、気合いが入った」
髪を丸坊主にして登場した挑戦者は、アッと驚くだしを考案していた。定番のカツオや昆布ではなく、アサリやエビ、タイ、豚の背脂などから取った「地球のだし」のうまみが勝敗を決したのだ。
料理人としての意地とプライドをかけた勝負を制したその目には、光るものがあった。常識にとらわれない、柔軟な発想がつかんだ勝利であろう。
テレビの仕事も多いが、地方や海外での出合いも料理のヒントにしてしまうのが、この人の強みだ。知り合った人たちと縁を結び、食材を産地から直接仕入れるネットワークを構築している。「日本料理のポイントは素材。いいものがあると聞けば、足を運びます」と、フットワークも軽い。
「食べ物も時代とともに変わってきた。平成は、頭と舌で食べる時代です。栄養や体の状態を考えて食べる人が増えている。これからの料理人は、食べる立場になってバランスのとれた料理をしていかなあかん」
料理人は、食のドクターであり、客を喜ばすコンダクターであり、器に絵を描くアーティスト。食べれば消えてしまうものだが、やりがいがあるという。
今後の目標は、「別荘料亭」。
「二~三年内には、有馬あたりに出せたらいいなと。自然がいっぱいの中で、のんびりと料理を楽しんでもらうのもええでしょう」
「八〇歳までは一線で。私はいつも自分を四〇歳やと思っていますし、まだまだ時間がある。“料理は心”をモットーに、『出発点はあるが終着駅はない』と常にそういう気持ちです」
次はどのような発想の料理を見せてくれるのか期待したい。
文・カメラ 中尾みち代
・所在地/大阪市北区堂島一‐二‐二五
・電話/06・6341・7862
◆プロフィル
昭和14年京都に生まれる。実家は川魚料理店を経営していたが兄弟も多く、けっして裕福とはいえない子供時代だった。料理好きは小さなころから。小学生ですでに料理人を目指し、そのころには見よう見まねで魚をさばいていたという。
「食べ物の街」としてあこがれていた大阪に出たのは昭和31年。洗心亭に入り、厳しい修業時代を過ごす。さらに料亭「なだ万」での修業後、二二歳で独立し、創作おでんの店を開く。
スッポン料理店を経て、昭和40年に大阪・北新地に「神田川」を開店。現在、北新地で「神田川本店」を筆頭に、六店舗を展開中である。
本店支店を合わせて約五〇人の弟子を抱え、後進の指導にも熱心。その教育はスパルタだが、巣立った弟子は日本全国に及ぶという。また、六年前から携わるサンクスのコンビニ弁当の開発など、活躍の場は多岐にわたる。日本調理師協会最高顧問、日本調理師学校名誉師範などを務める。
◆私の愛用食材
「料理に合うお酒を」と、蔵元にオーダーしてできあがったのが「酒人生 心の味」だ。 奈良豊澤酒造の「純米吟醸 無上盃」をベースに、清酒の理想像を求めて手造りされた純米吟醸酒。まろやかな風味と芳醇なうまさが自慢で、口に含むと吟醸酒独特のフルーティーな香りが広がる。一年ほど前から店で提供しており、客にも好評だという。
「料理を食べ進んでいくと、味覚が変わっていくもの。途中でこのお酒を挟むことで、次の料理の味にパンチが出る」という理由から、このお酒を出すのはコースの途中から。好みで、極細に切った塩吹き昆布を少し入れても違ったうまみが楽しめるという。
市販はされておらず、「神田川」だけで手に入る。
▽醸造元=奈良豊澤酒造(株)(奈良県奈良市今市町四〇五、0742・61・7636)