飲食トレンド:競合激化の「商業施設」、フードテナントで活性化
去る3月30日、閉店して五年を経た日本橋の東急百貨店が高層オフィスビルと商業施設の複合型ビルに生まれ変わった。その地下一階から地上四階までを占めているのが商業施設「コレド日本橋」である。このコレド日本橋の三三のテナントのうち、半数以上の一九店が飲食店舗であり、面積比率でも全体の三割を超えている。別棟のスペイン料理レストランや食品スーパー「プレッセ」、そして雑貨とカフェなどの複合業態店を含めると、何と店舗数で七割近くがフード系テナントということになる。こうしたフードテナント重視のテナントミックス傾向は、ここ数年のあいだにオープンした多くの商業施設に共通する特徴だが、近年、なぜこのようにフードテナントが商業施設のテナントとしてもてはやされるようになったのだろうか。
(商業環境研究所所長・入江直之)
◆活性化する商業施設と競争の激化
今世紀に入ってから、首都圏は大型商業施設の開発、リニューアルラッシュにわいた。二〇〇二年9月の「丸の内ビルディング」(丸ビル)に始まり、同12月には汐留地区再開発の象徴「カレッタ汐留」が開業、そして〇三年の3月には品川再開発地区に「品川グランドコモンズ」がオープンし、翌4月には十数年の歳月をかけ、数十億円の開業プロモーション費用を投じたといわれる「六本木ヒルズ」が竣工した。バブル期以後、首都圏で、これほどの短期間に、これほどの大型商業施設が立て続けに開業したという例はないだろう。
このように、消費全体は伸び悩んでいるにもかかわらず、商業施設の売場面積は増え続けている。つまり商業施設同士の競争はより激しくなり、お客を奪い合う時代へと突入しているのだ。
こうした商業施設の競争環境を反映して、既存施設のリニューアル開業も盛んだ。〇二年11月には新宿駅ビル「マイシティ」レストランフロアが全面リニューアルして「SHUN/KAN」となり、〇三年には「TOKYO-BAYららぽーと」のリニューアルにより食品・飲食ゾーン「フードデコ」が生まれた。さらに同年秋には、東急田園都市線の二子玉川にある「玉川高島屋ショッピングセンター」が大幅なリニューアルを終えて話題を呼んだ。
商業施設とひと言で言っても、そのタイプはさまざまだが、対象となる客層別に分類すると、大きく「都心繁華街型」と「郊外住宅地型」という二種類に分けることができる。
「都心繁華街型」商業施設は、都心部のターミナル駅周辺にある商業施設であり、周囲には駅を中心に商店街や地下街、オフィスビル、既存の商業施設など、多くの人々が集まる施設が多数集積している。その客層は周辺に勤務する会社員やショッピングなどに訪れた人々であり、地元の居住者ではないため、当然、平日よりも週末に利用客が集中する。
これに対して、「郊外住宅地型」の商業施設は、駅から離れた住宅地エリアの中に独立して存在するタイプであり、周辺に居住する人々が主にクルマで訪れることを前提としている。こちらの客層は主婦層やファミリーが中心で、「都心繁華街型」に比べて平日昼間の利用客が多いのが特徴だ。
さらに、近年急激に増加しているのが、いわゆる「フードテーマパーク」と呼ばれる飲食・食品テナントをテーマ別に集めた小型の商業施設である。今では伝説のようにすら語られる感のある横浜の「ラーメン博物館」の成功をベースに、「ラーメン」「カレー」「餃子」「スウィーツ(デザート・菓子)」などといった万人向けのアイテムをテーマにしたフードテーマパークが各地に次々と開発されており、特にテナントも集めやすく小都市でも集客が見込める「ラーメン」をテーマにしたフードテーマパークの数は、主なものだけでも全国で二〇ヵ所を超えるといわれている。
◆商業施設の切り札としてのフードテナント
低迷していた株価もようやく回復の兆しを見せ始めているが、消費傾向は決して上向きとはいえず、流通業界は企業統廃合による再編の動きがむしろ活発になっているといえるだろう。
そんな中で、さほど大きな出費をせず、気軽に、家計の範囲で楽しめるささやかなぜいたく、それが「食=フード」の分野である。厳しい経済背景だからこそ、低価格な日常食から、ハレの日の楽しみである高級レストランでの外食まで、より満足度の高い飲食店を求めるお客のニーズは一層高まりつつあるといえる。
商業施設の「フードテナント」誘致における大きな変化は、こうしたニーズを受けて生まれたものだ。近年では、新しく開業した商業施設や大規模なリニューアルを行った商業施設のほとんどが、本来のメーン売場である物販店(小売店)と同等以上にフードテナントの構成に力を入れ始めている。
「玉川高島屋ショッピングセンター」では、今回のリニューアルにより増床された新南館の七階から一一階の五フロアが、床面積こそ小さいものの、すべて飲食テナントで埋められている。百貨店である以上、物販テナントが軽視されているわけではないが、グランドオープン時の販促チラシを見ても、これまでとは格段にフードテナントを重視するデベロッパーの姿勢がうかがえる。こうした商業施設にとって、低迷する衣料品や雑貨などの商材に代わり、多くの女性の心をつかむフードテナントの活性化が当面の業績向上のカギを握っていると考えられているのである。
丸の内、汐留、六本木、品川など、多くの大型再開発エリアは「都心繁華街型」の商業立地であるが、個別に見てみると、観光客のように遠方からの利用客を集める「丸ビル」、周辺に勤務する会社員などが客層の中心となっている「汐留地区」、都内の高所得者層が多い「六本木ヒルズ」、新幹線停車駅として新たな客層が流入する「品川地区」と、それぞれ微妙に異なった性格を有している。しかし、どの施設もテナント構成の戦略のひとつに掲げているのが、「フードテナント」の活性化による利用客ニーズの取り込みである。
駅ビルの多くも「都心繁華街型」商業施設であるが、これまで駅ビルは、「駅」という圧倒的に有利な集客装置を備えていたため、施設として多額の投資を行ってまで集客を演出するという考え方には、あまり積極的ではなかったといえる。そうした付加価値がなくても、駅にあるという便利さだけで大多数の利用者は来館してくれたからだ。
しかし近年、駅ビルのレストラン街の多くは業績の低下が続き、特に夜間に駅ビルの飲食店を利用する客層は激減している。そうした状況の中で、駅ビルが著名デザイナーを起用し、フロアの環境デザインにも十分な投資を行って積極的な集客演出を行ったのが新宿駅ビルのレストランフロア「SHUN/KAN」である。このリニューアルは、駅ビルの飲食店の考え方を大きく変えたという意味で、画期的なものといえるかも知れない。
◆フードテナント出店事情の変化
今後の商業施設の動きとしては、百貨店のリニューアルが焦点のひとつになるといえるかも知れない。例えば統合された「そごう」と「西武百貨店」では各店舗を順次リニューアルする計画を立てているようだが、このリニューアル計画の中でもフードテナントは重視されているという。
商業施設にとってのフードテナントには、レストランやファストフードなどの「飲食テナント」と「デパ地下」という名称が有名になった「食品販売テナント」の二種類があるが、このうち「飲食テナント」は、従来の商業施設にとって、あくまでも物販テナントを利用しに来館する顧客への付加サービスという位置づけであった。「大規模小売店舗」という法律上の名称が示す通り、商業施設の営業の中心は物販(小売)であり、飲食店はその「添え物」に過ぎなかったのである。
施設側は物販店を中心に集客するのだから、その来館客を取り込んで、どれだけの売上げが確保できるかが飲食テナントの評価基準であり、そうした集客の責任を施設側が負っている以上、高い賃料や販促金の負担は当然である、という考え方が中心だったのだ。
しかし、現在では飲食テナントが集客の「目玉」として重視され、より知名度が高く、多くの顧客を集めることのできる飲食テナントが条件面などでも優遇されるようになっている。
これはデパ地下の「食品販売テナント」でも同様であるが、必ずしも高い賃料や保証金を満額支払うことがフードテナントとして期待される第一条件ではなく、顧客のトレンドに俊敏に対応して、施設の集客力を借りなくても独自に利用客を集めて業績を上げる実力を持ったテナントであることが、現在のフードテナントに求められる必須条件になりつつある。
そういった意味では、既存施設に出店していたというコネクションを通じて店舗数を増やしてきた「常連組」のテナント企業にとって、むしろ商業施設への出店のハードルは、これまでよりも高くなっているといえるかも知れない。
一部の大手デベロッパーの中には、仮に出店できたとしても、施設内での競争を勝ち抜き業績を伸ばすことができなければ、すぐに撤退を勧告できるように契約条件などの見直しを進めるところも出てきている。
こうした時代に商業施設への出店を果たすためには、既存店で十分な商品力やブランド力を確立することが重要だ。商業施設出店を計画するフードテナントであれば、少なくとも既存店舗の地元周辺では、だれもが認める「おいしい店」として多くの人々に評価されていなければならないし、その店名や商品名(ブランド名)も十分に認知されていなければならない。さらにその上で、出店する商業施設には「どのような客層」が「どのように利用している」のかなど、施設個別の特性の違いを十分に把握し、それにふさわしい営業を行うことのできるフードテナントでなければ生き残れない、といった時代がやって来ているのである。
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■調査執筆 EATWORKSスタッフ
■調査執筆チームプロフィル 飲食店やデパ地下フード店など、フードサービス業の活性化を支援する人材のネットワーク。店舗現場のオペレーションスタッフをはじめ、店舗経営者、プランナー、デザイナー、コーディネーター、ライターなど、食に関連するさまざまな分野の人材が参加している。主宰は商業環境研究所代表・入江直之氏。