料理の潮流トップシェフインタビュー:かんだ店主・神田裕行氏

2005.07.04 302号 13面

基本に忠実でありながらも、グローバルな視点を取り入れたオリジナリティーあふれる料理に、気鋭の料理人として、「青柳」の料理長時代から注目されてきた神田裕行氏。昨年5月に満を持して独立し、東京・元麻布に店を構えた。すでに食通の間では予約の取りにくい店として有名。神田氏にいまの展望について語ってもらった。

‐‐最近の日本料理について、どう考えておられますか。

神田 日本人にとって和食は一番身体に合っている食事なのに、いまはそれが一番遠い位置にありますね。日本料理の店も、ハレの日にオシャレをして行くだけでなく、仕事が終わってからヘルシーに和食を食べたいという人は多いはずですが、簡単には行けない。家庭でもカレーやコロッケなどの洋風な献立ばかりになって、だしをひくという手間や天然の素材を使うことなどは難しくなっています。

僕はこれまでのノウハウを生かして、できるだけリーズナブルでおいしい日本料理を提供しようと思っていますが、日本全体で和食がおいしく食べられる環境にならないといけないですね。

‐‐昨年の5月に独立されて1年ですね。

神田 青柳の看板を離れて、一料理人としてどれだけおいしいものが提供できるかという勝負をかけた店です。助手も最初は素人の女の子ばかりで始めました。

いま和食の世界は厳しいといわれるけど、日本料理というのは、マス化(巨大化)が難しい業態です。例えばウチでも16名のお客さまを6人のスタッフでもてなす。非常に密度が濃い。でもそのことによって、お客さま一人ひとりの好みが、料理人に直に伝わる。それが日本料理のぜいたくさなんです。スタッフ1人当たりのお客さまの数を増やそうとすると、絶対失敗する。

だからウチの店は1日2回転。夜6時から営業してラストオーダーは10時30分。人手は同じだけど、高い集中力とクオリティーを持ってお客さまに接しています。

僕にとっては、お客さまに合ったオートクチュールが出せる、というのがいい店なんです。最初は基本のコースをお薦めしますが、そこから物語が始まって、何回か来ていただくうちに、お互いがあうんの呼吸になる。

どんな高級なレストランに行くより、自分の好みを知っている料理人の店でご飯を食べることが、いま東京で一番ぜいたくなことだと思いますね。こちらも「このお客さまには今度これを食べてもらおう」とわくわくしながら作っている。しんどいけども楽しいですよ。

また和食は、だしの塩加減ひとつでも、沸かす時間でも、微妙に味が変わる。技術や味の均一化が非常に難しいんです。だから企業より、自分はこの道が好きで、絶対作ったものをお客さまにおいしいと思わせてみせる、そういう生き方をしている人しかできないでしょうね。

それから最近は和の部分でも、エンターテインメント性が求められるようになってきました。お客さまを感動させるプレゼンテーションも大切。

ウチでは同じ食材でも違った側面を見せて、お客さまがどんな印象を持って楽しんでいただけるか、イメージしながら作っています。お椀もぜいたくだけど優しい一面を見せるとか。カウンターでもアクションがあった方がいい。お客さまはいま飲食店に遊びにきているんです。そこは「かんだ」に来たからには、楽しませますよ。

‐‐環境問題にも取りんでいるそうですが。

神田 食材のクオリティーと環境は密接な関係にあります。例えば瀬戸内海の魚がおいしいのは、森や川など陸の自然も豊かだからです。そうした有機質が流れ込むことによって、海の生き物が育まれる。太平洋の真ん中より近海の魚がおいしいのもそのため。もっと生態系を守っていくことを考えないと、おいしい魚はいなくなってしまう。それを一番身近に感じているのは日本料理で、環境を守っていくために、自分たちにも何かできることはないかと。

具体的には今「ap bank」という市民バンクで、飲食店、消費者、生産者間で循環できるリサイクルシステムを作ろうという手伝いをしています。年内には「KURKKU KITCHEN」というレストランを開店する計画で、キッチンで出る生ゴミを畑に還元し、できた有機農産物を店の食材に使う。お客さまには安くておいしいものを提供して、食べることでエコに参加してもらうというコンセプトです。僕の役目は、料理人としてのノウハウとネットワークを生かして、このシステムを作ること。

僕の店でも、数ヵ月前から野菜くずなどをダンボールに入れて、農家に送っています。ゴミ箱に捨てればゴミですが、畑に帰せば立派な有機肥料になる。調理場から意識を変えていく。「KURKKU KITCHEN」は最初は1店舗から始めて、この輪をいくつも作っていきたい。すべての飲食店がこれをやれば、ゴミ問題に貢献できると思いますよ。将来はエコ対策が飲食店を営業する上での資格になる可能性だってある。

有機野菜も、生産が少ないのはまだ需要が少ないからです。農家を応援していかないと。僕ら料理人が白衣を着るのは医者と一緒です。人さまの口に入るものを出すわけですから、お客さまには信用してもらわなければならない。安全な食べ物を提供することは、営業以前の問題だと思いますよ。

(文責・阿多笑子)

◆プロフィル

かんだ・ひろゆき=1963年生まれ。18歳で和食の世界に入り、大阪で5年修業。23歳の時に仏・パリで和食店を開く。その後92年に徳島の名料亭「青柳」に入社。「青柳」、赤坂の「basara」などの料理長を経て、2004年独立。東京・元麻布に和食処「かんだ」をオープン。(「かんだ」所在地=東京都港区元麻布3‐6‐34、カーム元麻布1階、電話03・5786・0150)

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