料理長の愛用食材:赤坂四川飯店社長・陳建一さん
中国料理の人気者として、わが国の四川料理の伝承者として、つねに料理界をリードし、後継の指導にも熱心に取り組む「赤坂四川飯店」の陳建一さん。自分の味を追い求め、終わりなき食材探しの旅を続けている。これまでに出合った数知れぬ食材の中から、“陳建一料理”の決め手となる最愛の調味料について聞いた。
陳建一さんは、父親の陳建民さんから「ピーシェン豆板醤」が一番良いと教えられた。「当時、豆板醤は輸入できませんでした。親父は四川省出身だったので、知り合いを頼りに現地から豆板醤を入手していましたが、それでもピーシェン豆板醤は手が届かなかったようです」
輸入解禁後、陳さんは、四川省にピーシェン豆板醤を探しに行ったが、簡単には見つからなかった。
「ある時、調理師会で変なうわさが立ちました。『四川飯店がピーシェン豆板醤を全部仕切っているから手に入らない』と。そんなはずはありません。なにせ私自身が探しているのですから。それでよく調べてみると、陳建軍さん(三明物産)が一手にピーシェン豆板醤を仕切っていたわけです」
一字違いによる変なうわさが、幸いにもピーシェン豆板醤と出合うきっかけとなった。以来、陳建軍さんは陳建一さんにとって大切なパートナーとなっている。
ピーシェンの豆板醤は、四川省で200年以上の歴史があり、厳選された上質な素材を使い、門外不出の秘伝酵母と特殊製法で作られたもの。じっくり熟成した深みのある独特な風味と辛さが特徴。少量加えて炒めるとおいしさが際だつ。
ただし、2~4年熟成させるので、色は黒っぽい。「料理の色あいを考えて使うのがポイントです」と陳さんは言う。例えば、エビチリの場合、鮮やかな赤色を濁さぬように、熟成の若いものを少量使うのがコツとなる。
食材探しの旅はいまも続けている。四川省で新たに見つけたのは「老油」だ。この製品は、伝統的な四川調味料ではなく、最近開発された調味料である。
現在、四川省の都市部では、毎日のように沿岸部から鮮魚が空輸され、これを富裕層や若者たちが支持し、盛んに食されている。従来の辛油とは一線を画す新しい調味油を目指して開発されたものだ。
老油は調味油として前菜に使ったり、炒め物に少量使うことによって、料理全体の味を統一するのに役立つという。
四川飯店の麻婆豆腐は本場仕込みと評される。しかし、本人はこれを否定する。
「老舗の味といって“秘伝の調理”とかいうけれど、味を伝承するのは無理。私が親父の味を出せるわけがない。すなわち、私の息子である三代目も、自分の世界で新しい味を作り出すでしょう。そうした進化が自然の成り行き」
「四川料理と一口にいっても、四川省でも店によって味がちがう。だから四川飯店の料理というより、陳建一の四川料理といったほうが正確なのです」と言ってはばからない。
陳さんは、いつでも快活で人なつこい。そしてパワフルだ。
「笑顔でお客さんを迎えるのは当然であり、単純なことです。ただお客さんは十人十色であり、フレンドリーにしても喜ばれないこともある。だからこの商売は複雑なのです」
「例えば、料理を楽しむために来店するお客さんばかりでなく、難しい経営のことを打ち合わせするために来店するお客さんもいる」
つまり、来店動機をホール担当が素早く察知し、料理人と上手に連携することが大切なのだ。
「品書きにない料理の注文にも応じられるように、ホール担当と料理人が常に情報交換しなければならない。『その料理はできません』とホール担当が対応してはいけない。そういう店はナンセンスです」とサービス業の基本を説く。
店に出社する際、必ず大きな声で「おはよう」とあいさつする。
「体育会系だから元気のあるのが好き」と自身の性格を言う。しかし、単に性格だけではなく、それにはポリシーもある。
「大きな声であいさつを続けることは、意外に大変な労力です。しかし、大きな声であいさつすれば空気がなごみ、居心地が良くなります。厨房もホールも同じで、居心地の良さを演出することが、現場の長としての基本です」と言う。
(文責・冨田怜次)
◆プロフィル
ちん・けんいち=1956年東京生まれ。小・中学を東京中華学校に学ぶ。このころは、西麻布材木町にあった三軒長屋の住まいを根城に、近所の子どもたちとコンバットのサンダースごっこに明け暮れる日々だった。
少年時代の漠然と抱いていた将来の夢はプロゴルファー。これも玉川学園大学卒業後、生活のため進路選択の岐路に立たされ、料理人の道を選ぶことで崩れ去った。
以後、日本に四川料理を紹介、普及させた父建民氏のもとで料理人修業。現在、二〇〇余人を擁する赤坂四川飯店社長として辣腕を振るうかたわら、「きょうの料理」「料理の鉄人」などテレビや雑誌にも登場、多方面で活躍する。
●「赤坂四川飯店」(東京都千代田区平河町2‐5‐5、電話03・3263・9371)
◆わたしの愛する調味料:三明物産(株)「ピーシェン豆板醤」
陳建一さんが四川料理を作るうえで最もこだわっている調味料が「ピーシェン豆板醤」だ。「私が作る麻婆豆腐はピーシェン豆板醤が味の決め手」と言いきる。
ピーシェン豆板醤は本場四川省で200年以上の歴史がある。中国全土で古くから愛され続けた本物の品質を誇る豆板醤だ。原料は四川省の風土が育んだ唐辛子とソラ豆。そしてピーシェンの気候だ。日差しがまぶしいということがほとんどなく、湿気に覆われている環境。そして、その湿気が豆板醤を熟成させていく。
上質な素材を使い、門外不出の秘伝酵母と四川省の気候が生み出した逸品だ。中国料理人にとってピーシェン豆板醤は“味の原点”なのだ。
▽荷姿=1kg×15本
▽問い合わせ=三明物産(株)(東京都江東区、電話03・5245・3388)
◆わたしの愛する調味料:三明物産(株)「老油」
陳建一さんは、「この老油を使った料理は『四川料理の新派』になるだろう」と、今後の展開を期待している。
老油は、味と香り、そして目を奪う鮮紅色にこだわった新たな調味油。三明物産の独自製法により生まれた革命的調味料だ。100%植物油と4年熟成のピーシェン豆板醤に、多くの香辛料を混ぜ合わせ、長時間低温で加熱し、じっくりとその複雑な味と香りを油に移し込ませた調味油である。
▽荷姿=1・6リットル×9本
▽問い合わせ=三明物産(株)(東京都江東区、電話03・5245・3388)