飲食トレンド:野菜 外食でも脚光、ブームの背景を探る
いま、食の世界では「野菜」がブームである。この傾向は、かなり以前から業界の幅広い分野に見受けられ、それぞれ個別の事例として紹介されることはあった。しかし、「野菜」は外食業界にとってあまりにも身近で日常的な食材であり、かつカテゴリーとしても非常に大きな範囲であるためか、「野菜ブーム」自体が外食の世界で先鋭的なトレンドとして取り上げられたケースは少なかった。しかし、昨年から今年にかけての外食業界のトピックを拾ってみると、「野菜」に関連する話題が大きくクローズアップされてくる。以下に、話題の「野菜」コンセプトをいくつか取り上げてみよう。
(商業環境研究所所長・入江直之)
自然食の販売会社などを母体として、数年前に二子玉川に開業した野菜料理レストラン「シェフズV」は、これまでも業界の一部では新しいコンセプトとして話題であったが、昨年から商業施設などへの出店を加速し、現在は11店舗に迫る勢いである。
また、東京でいま最も著名な商業施設「表参道ヒルズ」には、数多くの話題性の高い飲食テナントが出店しているが、中でも、文字通り「野菜」をメーンテーマに据えた高級レストラン「やさい家めい」のランチには、平日から行列ができるほどの繁盛ぶりだ。
そして、個性的な店が集まる中目黒にこの4月に開業したスウィーツショップ「ポタジエ」は、野菜で作ったケーキや焼き菓子などを販売する、まったく新しいスウィーツ店である。店内には、通常はイチゴがあるべき部分にフルーツトマトが飾られたショートケーキや、雑穀の一種であるキヌアを使った焼き菓子など、驚きの商品が並ぶ。
さらに、やはり昨年、おしゃれなショップが並ぶ青山にオープンした「セレブ・デ・トマト」は、トマトという食材を主役に据えたレストランだ。全国各地から集められた、赤だけではなく黄色や緑色、大きさや形もさまざまな品種のトマトが、すべての料理やスウィーツに使用されている。まさに、「野菜の王様」ともいわれるトマトの殿堂レストランなのだ。
このように、外食分野では昨年あたりから「野菜」をテーマにした飲食店が次々と開業し話題になっている。
既存店舗のメニューでも、「野菜」をテーマにした商品が数多くヒットしている。
とんかつの「さぼてん」では、「8種の蒸し野菜とミックスご膳」といった「野菜」をフューチャーしたメニューを打ち出し、女性客などに好評だし、ファミリーレストランの「ロイヤルホスト」は、昨年から雑誌のオレンジページと共同で開発した「野菜たーくさんがうれしいメニュー」というシリーズの企画が次第に人気を呼び、現在はシリーズの第4弾と継続中だ。
また、創業者藤田田氏の亡き後、新生マクドナルドとなって5月から導入された「サラダマック」は、同社の久々のヒット商品としてメディアにも取り上げられた。
このように、昨年から今年にかけて、外食関連の分野だけでも「野菜」ブームを裏付けるような事例は数多い。さらに細かく各社のヒットメニューなどを見ていけば、「野菜」人気は外食のあらゆる分野にわたって広がっていることが分かるはずだ。
◆外食だけではない大きなムーブメント
こうした野菜ブームの背景には、どのような消費者の志向があるのだろうか。
厚生労働省によると、日本人が1日に必要な野菜の摂取量は「成人ひとり当たりで、緑黄色野菜を120g以上、野菜全体では350g以上」であるという。しかし、02年の国民栄養調査では、日本人ひとりが1日に食べている野菜は「270g足らず」であり、現実には、必要な目標値を大きく下回ってしまっている状況だ。
農林水産省と厚生労働省では昨年、「国民一人ひとりがバランスのとれた食生活を実現していくことができるよう、食事の望ましい組み合わせや、おおよその量を分かりやすくイラストで示す」ために「食事バランスガイド」という指標を作成した。その「食事バランスガイド」の中でも、現在、特に懸念されている問題のひとつが、日本人の「野菜の摂取不足」である。
かつて日本人は野菜をたくさん食べる国民だった。しかし、実は過去30年の間、日本人の野菜消費量は減少し続けており、1990年代には米国にも抜かれ、ヨーロッパ諸国と比較しても低い水準になっているという。
世界的な健康志向を背景にして、わが国でも、食の安全・安心への関心が高まっている。そして多くの人々が、「健康的な食事」を意識するとき、必ず考えるのが「野菜」だ。
多くの飲食店で、ランチセットに「ミニサラダ」を付けるのは、お客がそれを求めているからである。われわれ現代人は、食事の際にメーンの肉料理や魚料理といった動物性タンパク質と一緒に野菜を食べることで、栄養のバランスを整えて、健康的な食生活に近づくことができることを知っている。
言い換えれば、多くの現代人は「自分は栄養バランスが崩れているかも知れない」と考えており、常に「野菜を食べることで、それを補おう」という気持ちが働いているのだともいえるだろう。
また、近年さまざまな食材の安全性が問われるような事件が多発する中で、オーガニック(有機)などの安全性を保証する規格の取得が難しい肉や魚介といった食材に比べ、野菜のような短期栽培の植物性食材は、こうした安全な食材の提供が比較的容易であることも、「野菜」人気の理由のひとつに上げられるだろう。
その証拠に、インターネットで安心・安全なこだわり食材を購入するという「お取り寄せ食材」ブームの火付け役ともなったことで知られる、ネット食材販売の大手「オイシックス」のサイトをのぞいてみれば、「11万人が体験した」という購入初心者向けの「おためしセット」や、イチ押し商品である「ふぞろいな野菜たち」などをはじめとして、販売している人気食材の多くは「野菜」だ。
このように、手ごろな価格で簡単に「安心・安全」な食材を手に入れることが可能であるということ、つまり「健康食ブームを背景にした素材志向」が「野菜ブーム」というトレンドを支える構造のひとつなのである。
そして、「野菜」人気とは、外食や中食だけにとどまらず、家庭内の食生活「内食」にまで広がる大きなムーブメントなのだということも理解していただけるだろう。
◆ブームの根底にある構造 日本型食生活への回帰
外食業界の人々に「野菜がブームだ」という話をすると、しばしば「ではサラダのメニューを増やすべきなのか?」という反応が返ってくる。しかし、こうした「野菜料理=サラダ」といった短絡的な発想では、現在の「野菜ブーム」を正しくビジネスに生かすことは難しい。いま話題の「野菜」料理を見れば分かる通り、人気の「野菜メニュー」の多くは、決して「サラダ」、つまり生野菜ではない。
現在の野菜ブームは、前述の「健康食志向を背景にした素材志向」というポイントに加えて、「日本型食生活への回帰」という視点からとらえなければならない。
現代日本人の野菜不足の背景には、「食生活の西洋化」があるといわれる。かつて、すべての日本人が取り入れていた「日本型の食生活」では、主食の「コメ」を中心にして、メーンの「おかず」として魚介類のほか、季節の「野菜」をさまざまに調理して食卓に並べていた。つまり、「おかず」としての「野菜料理」の選択肢が非常に幅広くあることで、「野菜」をたくさん摂取することができたのである。
しかし欧米流の食生活が導入され、肉類や乳製品などを中心とした動物性タンパク質の「おかず」が増えたために、「野菜」はそうした西洋料理の「副菜」として位置付けられることが多くなった。そもそも脂質が多く、調理油を多用する動物性タンパク質の「おかず」が増加するに伴い、「野菜」は「サラダ」のようなさっぱりした生野菜が中心となり、家庭内での「野菜料理」のレパートリーは減少した。
近年の健康志向を背景に、生活習慣病などを予防する栄養バランスに優れた「日本型食生活」に注目が集まっている。外食ばかりではなく、家庭内の料理においても“和食”の人気がかつてないほど高まっているのだ。書店に行けば、「和食の基礎」「基本の和食」「プロが教える、かんたん和食」など、家庭で和食のレパートリーを増やすための料理書が数多く積まれ、多くの主婦たちが「もっと和食を日常の食生活に取り入れたい」と考えていることが分かる。
生野菜をおいしく食べるという「サラダ」の人気が下がったわけではないが、「サラダ」は「ご飯のおかず」にはならない。野菜を一品料理として食べるためには、「煮物」「あえ物」「蒸し物」「お浸し」「漬け物」といったバリエーションが豊富な和食が向いている。加熱調理などによって生野菜で食べる時よりも多量の野菜を食べられるし、旬の食材を使うことで最も栄養価の高い時期の野菜を食べることになるなど、和食の野菜料理は、まさに現代人の食嗜好にピッタリのメニューなのだ。
さらに、従来は「健康のために野菜を食べなければ」という義務感が中心だった消費者の意識にも変化が見られるようになってきた。野菜ブームの根底には健康志向という大きな流れがあるが、本物の食材を食べたいという「素材志向」のトレンドの中で、「野菜そのものの味がおいしい」のだという価値観が広まっているのだ。女性客などを中心に、積極的に「野菜料理を食べたい」というニーズは決して少なくない。
こうした「野菜食のトレンド」という大きな流れを踏まえた上で、新しい発想で「野菜料理」をメニュー開発に取り入れることが、今後の飲食店の重要な課題となるに違いない。