トップインタビュー:夢小路普及商会・鈴木稔代表取締役
カニや活貝などを目の前の七輪で焼きながら食べる「浜焼き」スタイルの「トロ函」が好調だ。経営するのは、かつて「フォルクス」でファミリーレストランを、「ドミノ・ピザ」で宅配ピザをと、それぞれの業態の「成長」を牽引してきた鈴木稔氏だ。52歳にして持った「自分の店」は、30年以上携わってきたチェーンストアとはすべてにおいて真逆の業態だった。地域に根付いた店づくりは、鈴木氏が強く抱く「コミュニケーション食場(しょくば)」という根っこの想いにつながっている。
◆気さくで楽しく「浜焼き」ヒット
–1号店(小岩店)オープンから5年目ですが、順調に集客を伸ばしています。どのような点が支持されていると思いますか。
鈴木 1つは「ワイワイガヤガヤ」した雰囲気でしょうね。ざっくばらんで、気取らずに楽しめる。そして、目の前の炭火で食材を焼く「自分でパフォーマンスできる」楽しさも支持される要因となっています。従業員とお客さまのやりとりが楽しめるような、あるいは隣に座ったお客さまとすぐ親しくなれるような、そんな居酒屋を作っていきたいという想いでオープンしたのが「トロ函」です。
–売上げはどのくらいですか。
鈴木 5店舗の平均月商は30坪平均で約1200万円です。上野店は40坪110席で月1800万円くらい。赤羽店は18坪で月1200万円売上げることもあります。いちばん忙しいのは金・土・日曜。遠方から、わざわざいらっしゃるお客さまも多いですね。
–ファミリーレストラン、宅配ピザと、長年チェーン業態構築にかかわってきた鈴木社長ですが、今後はチェーンではないスタイルが主流の時代になってくるとお考えですか。
鈴木 逆にチェーン店があるからこういう店がうけていると思っています。主流ではないことをしているから支持されている。持ちつ持たれつという言い方も変ですが、チェーン店や個室居酒屋がたくさんあるから、真逆のコンセプトである当店も浮き立つんだと思います。
◆珍しい部位揃えインパクト訴求
–お客が自分で焼いて食べる「浜焼き」スタイルの発想はどこから生まれたのですか。
鈴木 「浜焼き」のコンセプトは、浜倉的商店製作所の浜倉好宣さんが全面的にプロデュースしています。私にとっては、業態は「浜焼き」でも「焼き鳥」でも何でもよかった。実現したかったのは、先ほど申し上げた「従業員とお客さまとのやりとりが楽しめる、隣に座ったお客さまとすぐ親しくなれる」ような店。私は「コミュニケーション食場(しょくば)」と言っていますが、人との触れ合いを楽しみに来店してくださるような場所づくりなんです。
–食材の仕入れはどのようにしているのでしょうか。
鈴木 当店の魚貝は「荷受(にうけ)」の子会社からダイレクトに仕入れています。そのため、マグロのカマやホホなんていう量のとれない特殊な部位をまとめて仕入れることができる。浜焼きのイメージにも合っているし、ほかではめったに食べられないし、見た目もインパクトも強烈。こういう商品をレギュラーメニューとして出せるのは当店の強みですね。それとは逆に、野菜とか少量で賄える食材は、地元の商店さんとお取引しなさいと言っています。
–それはなぜですか。
鈴木 確かに経費面では効率的ではない。だけどもっと大事なのは、「コミュニケーション食場」の理念につながりますが、店が地元の人たちの中に存在するということ。その中で、つながりを作っていくことが店を長続きさせるために大切だと考えています。
彼らからよく聞くのが「チェーン店が来ても、地元とのつきあいなんて一切しない。商店会にも入らないし、入っても年がら年中責任者が代わる」と。それでは地元の人たちも親しみがわいてこないですよ。店を単なる金もうけの手段=道具とするのか、それとも地域の人たちと「ともに」生きていくのか。同じ繁盛するにしても大きな違いです。
◆やる気の源泉は店への権限委譲
–お客さまが炭火で焼くのを手伝ったり、お客と店員との会話で笑い声がおきたり、「コミュニケーション食場」の理念が浸透しているように感じます。
鈴木 まだまだですね。従業員に言っているのは「何人のお客さまから名前で呼んでもらえるか」が大事なんだと。私は「お客さまに一杯飲めよって言われたら、飲んでもいい」って言ってます。当社は、お客さまに迷惑をかけたり怒らせたりしなければ自由です。まず従業員が楽しまなければ、お客さまを楽しませることなんてできないですから。
それと、「お薦めメニューの開発」や「アルバイトの採用」などの権限もできるだけ店に委譲してます。給与も自分で計算できるようなガラス張りの仕組みでもうかった分だけもらえる。毎月変動しますが、お客さまに支持されれば、すぐ結果が出ますから頑張りますよ。
–今後の展開はどのように計画していますか。
鈴木 「トロ函」の業態で10店舗は出したい。その後は、異なる業態をドミナントで2~3ずつ出していきたいと思っています。地域にしっかり根付いていれば「トロ函」が起点となって、「今度近くにこういう店を出すんですよ」と言えば絶対来てもらえますからね。
–チェーン展開やフランチャイズ展開の可能性は。
鈴木 考えてません。チェーン展開も株式公開もしない。ただ将来的には従業員の独立支援をしていきたいと考えています。少ない出資金でも、やる気があれば自分の店が持てるようなサポート制度を作っていきたいですね。
●プロフィール
すずき・みのる 1953年埼玉県生まれ。法政大学卒業後、フォルクスに入社。86年ワイ・ヒガコーポレーション(現ヒガ・インダストリーズ)に入社し、立ち上げたばかりだった「ドミノ・ピザ」事業の全国展開に尽力。2004年には常務取締役COOに就任。投資ファンドが経営に参画したのをきっかけに、「自分の店」を持つことを決意。05年に(株)夢小路普及商会を設立し、06年5月に「トロ函」1号店を小岩に開業した。
●企業メモ
(株)夢小路普及商会(本社所在地=東京都台東区北上野2-8-4)/設立=2005年7月/資本金=4,000万円/従業員数=正社員24人、パート68人/店舗=「トロ函」5店舗
※2010年2月現在
●事業内容
浜焼き酒場「トロ函」を展開。大漁旗が飾られ裸電球が照らす店内は、さながら魚市場か海の家のよう。テーブルに置かれた炭火の七輪で新鮮なカニや貝、マグロなどをお客が自ら焼いて食べるスタイルがヒットし、都内に5店舗を展開する。店は(株)ジェイオフィス東京が展開するプロデュースブランド事業「鱗」ブランド(プロデューサーは浜倉的商店製作所の浜倉好宣氏)の一つでもある。