新店ウォッチング:「蟹工船」日比谷店

2000.07.03 207号 8面

多くのナショナルチェーンや都心部リージョナルチェーンなどの不振をしり目に、巨大な東京のマーケットを狙った新興ローカルチェーンの首都圏展開が相次いでいるが、今回ご紹介するのも、そういった勢いに乗るローカルチェーンの大型出店である。

カニ料理専門店「蟹工船」日比谷店は、千葉県木更津市を中心にすし店などを展開する「ASUコーポレーション」の九号店として去る5月15日にオープンしたばかりだ。

同社は、もともとすし店として創業したが、当時はまだ特別な日の外食でしかなかったすしに、五割近い原価率をかけることでお値打ち感を打ち出し、あっという間に地元の大繁盛店となった。二四坪でスタートした一号店は、増床を重ねて四年目には宴会場を完備した六八坪の大型店となる。

その後も、二年ごとに新店を出店、木更津、君津、市原など、地元エリアで次々と繁盛店をつくり上げて来たが、「地勢的な問題で、現在の千葉エリアでは海岸線沿いに店舗展開せざるを得ず、店舗間の距離が遠くなるばかりで管理体制の構築が難しいことから、いっそ東京湾アクアラインで短時間で行ける東京のど真ん中に出店してみようと考えた」(同社平野社長)ことにより、今回の日比谷店の計画がスタートしたのである。

出店ロケーションは、東京・日比谷の晴海通りに面した大型ビルの九階であり、周辺は日比谷シャンテなどの商業施設や有名ホテル、劇場が建ち並ぶ有数の娯楽商業地域となっている。

店舗はフロアの三分の一近くを占めるコの字型の区画で、コの字の一方の端にある入口から、小石を敷き詰めて路地を模した通路がぐるりとまわり、その内側部分には厨房が、外側部分には個室、広間、離れ、カウンターなどの客席が配置されている。

入口ののれんをくぐるとすぐに大きな石造りの水槽が設置され、澄んだ水の中では生きたカニが泳ぎまわる。飛び石づたいに歩く通路の途中にはせせらぎが流れ、擬岩をめぐらした壁面には小さな滝が涼しげに流れ落ちている。さらに水面席と呼ばれている客席は、まわりが浅い人工池に囲まれて、とても都心のビルの中にいるとは思えない別世界を味わうことができる。

商品は、従来のカニ料理店とは一線を画した会席タイプの本格コース料理が中心であり、午後4時までのランチが二〇〇〇円、ミニ会席が二五〇〇円から、夜のコースは三八〇〇円からなど、近年増えてきた小人数のミニ宴会需要を背景に、すでに日比谷という立地を生かした固定客が生まれつつある。

蟹工船は現在、日比谷店を含めて四店舗の展開であるが、日比谷店は同社の最大規模の店舗として、今後の首都圏展開のための第一歩となるべく、新たな顧客開拓に余念がない。

◆取材者の視点

東京・日比谷の一等地に一五〇坪の大型店というのは、今どき大手企業でも二の足を踏むほどの積極的な出店である。その姿勢を支えているのは、やはり急成長の自信と都心部家賃の相対的な下落傾向であろうか。

このところ、外食企業の世代交代が目立つが、中でも新しいスタイルの和食提案を行っている企業群の伸びが目立っているようだ。

和食は本来、われわれ日本人が最も親しんでしかるべき料理でありながら、まだまだ日常的ではない外食分野だ。

ファミリーレストランの隆盛によって、日本人の多くは、いつのまにか和食よりも洋食を中心にした外食行動を取るようになってしまった。これは、多くの和食専門店が、高額な客単価を支払える、ごく一握りの顧客のみを相手にして(その大部分は企業間の接待需要だ)、和食人口のすそ野を広げることを怠ってきたことにも原因があると感じる。

ここ数年、和食がブームといわれるのは、そうした市場の先細りに気づいた先進的な企業が、主婦層や若い会社員など、これまで和食専門店に足を運ぶ機会の少なかった層を積極的に取り込めるような新しい業態を開発しはじめたからでもあるのだろう。

「食」生活が、基本的には非常に保守的な性質を持っている以上(いまだにわれわれはコメを主食にしている)、和食の世界の潜在的な顧客の広がりは、洋食の比ではないはずだ。

バブルの時代を乗り越えてきた客たちは、すでに「ウチこそが本当の○○料理」などという、業界内の「内輪もめ」のような議論に疲れてしまっている。

今こそ、同店のような新進企業は、従来の「かたち」にとらわれない、新しいスタイルを柔軟に打ち出していって欲しい。

◆「蟹工船」日比谷店(㈲ASUコーポレーション、03・3509・6980)開業=二〇〇〇年5月15日、店舗面積=一五三坪、客席数=一二〇席、営業時間=午前11時半~午後11時、年中無休

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