低価格時代の外食・飲食店 「ニュートーキョー」ビアホール軸に200店パワー
ニユー・トーキヨーは、国内有数の総合レストラン企業でありながら、株式を公開していない。創業者の森一族が大株主で、経営の近代化を目指していながらも“同族色”“保守色”の残るレストラン企業という印象を受ける。
ニユー・トーキヨーはビアホール、ビアレストランを柱に、和洋中の業態を展開する「総合飲食」という位置づけにあり、出店数約二〇〇店舗、ニユー・トーキヨー単体で二二〇億円、グループ全体の売上げ約五〇〇億円の企業スケールにある。
出店ペースは年間一〇店どまりだが、ファストフードやファミリーレストランのように、単一業態を量的に拡大するという出店戦略はとっていない。
市場ニーズ、消費者ニーズがあれば出す。画一的な考えにしばられず、時代の流れや人の動きを読み取って業態を開発し、店を出していくという考え方だ。
外から見れば動きのない“自閉症的”な企業としか映らないが、水面下ではアグレッシブな動きもしているわけだ。
「私どもニユー・トーキヨーはビアホールが出発点。これは都市生活者への憩いの場の提供という考えの実現です。人々がどういった店を望んでおられるのか、時代の動きや人々のライフスタイルの変化を読み取って、そこから店を立ち上げていく。私どもが勝手に思い込んで出店していくという考えではないのです」(ニユー・トーキヨー本部)
ニユー・トーキヨーの出店戦略は、業態開発から出発しているので、営業力を失った店(業態)からスクラップしていけばいいわけで、全体に影響を及ぼすことはない。
その意味においてはニユー・トーキヨーの出店戦略は、弾力性があり、一般のチェーン企業にない強さがある。
創業六〇年を超える企業なので、当然“老舗的体質”を存続していてもおかしくないわけだが、恵比寿、両国、晴海と大形ビアホール(レストラン)を積極展開していながらも、目立たない存在で、企業カラーは地味だ。
しかし、同族的体質、地味な存在でありながらも、本社機能の統合と資本のリスクヘッジを考えて、分散型の「子会社体制」を導入している。
これは一方においては事業の「専門化」「特化」という含みにもなるが、現在においては別項の通り、九のグループカンパニーが機能している。
◆ニユー・トーキヨー不動産(株)=東京都新宿区百人町二-二五-一三/昭和23年5月設立/資本金六〇〇〇万円/本社ニユー・トーキヨー関連の不動産ほか、数寄屋橋ビルディング(本店)の運営管理を行う。
◆(株)エヌティー・トレーディング・コーポレーション=東京都杉並区高円寺南二-一九-二二/昭和28年5月設立/グループの食材の調達、開発、販売を担当。
◆(株)新星苑=東京都千代田区有楽町一-一二-一/昭和41年6月/資本金一〇億円/サッポロビール、サッポロライオン二社との共同出資会社。札幌の観光スポットとなっている四二〇〇席のスーパービヤホール「サッポロビール園」を経営するほか、平成6年10月にオープンした恵比寿ガーデンプレイスの「ビヤステーション」(七業態二〇〇〇席)、平成8年7月JR桜木町駅前「ビヤステーションYOKOHAMA」(六三〇席)、同年8月JR両国駅舎内「ビヤステーション両国」(九六〇席)など大型店舗を運営。
◆(株)エヌ・テー=東京都千代田区有楽町二-二-三/昭和51年12月設立/資本金四〇〇〇万円/ニッカウヰスキーとの共同出資会社。52年7月、神田駅前に第一号店としてパブ「ストーンヘンジ」を開店。これを皮切りにパブレストランのチェーン化と取り組み、昭和58年10月には東京・三田に「Well」(ウェル)を出店し、パブレストランと合わせてカジュアル・ビアホールの展開を推進。
◆ニユー・トーキヨー商事(株)=東京都渋谷区宇田川町二一-八/昭和54年11月設立/資本金八〇〇〇万円/串やき居酒屋「庄屋」のチェーン化を推進。
◆(株)エム・エヌ・エス=東京都中央区晴海二-三-二四/平成3年7月設立/資本金二億円/ニユー・トーキヨーとサッポロビール、日本水産、三菱地所の三社との合弁事業で、東京ウオーターフロントの大型シーフード・ビヤレストラン「ピア晴海」を経営。
◆(株)沖縄リュック・ユ=平成3年4月設立/資本金三三五八万円/(株)エヌ・テーと琉球ニッカウヰスキーとの合弁会社。パブレストラン「リュック・ユ」の展開が目的。
◆(株)横浜ソフトデベロップメント=横浜市中区本町三-三〇-七/平成3年5月設立/資本金二〇〇〇万円/飲食施設の企画・設計・施工管理から開業業務・運営指導・コンサルティングまで一貫体制のレストランビジネス“ソフト会社”。
◆NEW TOKYO HAWAII RESTORANT CO, LTD=286 Beachwalk Honolulu,Hawaii 96815,U.S.A/昭和48年2月設立/資本金八〇〇万米ドル/ニユー・トーキヨー海外出店の拠点として、現地資本スペンスクリフコーポレーションとサッポロビール、ニユー・トーキヨーの三社出資で設立。ワイキキのビーチウオーク通りに面した一〇〇〇坪の土地に、昭和49年10月、三六〇坪のショーレストラン「フラハット」と日本レストランを開店。その後、昭和56年7月、スペンスクリフ社の出資額をニユー・トーキヨーが買い取った。
業態開発といっても、特定の客層に向けたもの、マニアックなものではビジネスにはならない。
バブル経済時代、感性に頼って「テーマ」「提案型」の店がはびこったが、結局は奇をてらい、ユニークさを売り物にしただけで、一過性に終わってしまった。
日本の消費者は熱しやすく冷めやすい。新しい業態開発に挑戦することも大事だが、真に市場ニーズが喚起でき、消費者に訴えることができるかという冷静な判断も不可欠だ。
ビジネスは“ロングセラー”(長寿ビジネス)と“ベストセラー”(短期ブーム)の二つのパターンが考えられるが、ニユー・トーキヨーは常に前者の市場戦略にあるということだ。
この考えに沿って、ニユー・トーキヨーは業態を特化(分化)して「グループ化」し、業態の有機(面)的つながりで、人々の憩いの場所(店)を創り出してきている。ビアホールグループ、カジュアル・ビアホールグループ、パブグループ、庄屋グループ、和食グループ、洋食グループ、中国料理グループ、ケータリングサービス、給食事業の九つの「業態グループ」はそれを表している。
ニユー・トーキヨーは上場企業ではないので、株主に配当を気にすることなく、マイペースでの企業運営が可能だ。その意味においては地味、保守的な企業カラーという印象も受けるが、しかし、現実の企業、組織マネジメントは合理的で、“非ニッポン”的な側面もあるのだ。
大株主が森一族であるので、強いオーナーシップを発揮する部分もあるが、しかし、よくあるような我を通すワンマン体制ではない。トップは将来を見通し、かじ取り役に徹しているのだ。
ニユー・トーキヨーの「業態開発」は事業のかなめ、成長と繁栄の出発点になるが、これはフィールドワークを第一義として、現場の声、現場から上がってくる情報を尊重している。
しかも、出店準備段階でも店舗スタッフを参画させて、意見やアイデアを語らせる。店の造作、狙う客層、メニュー、価格政策など。第一線現場のことは現場の指揮官が把握し、精通しているはずだ。
“日本式経営”では、企業規模が大きくなればなるほど管理部門が肥大化して、“上意下達”体質が増幅されてくる。現場のことを知らない人間が口を挟み、指図してくるということだ。
レストランビジネスの本場アメリカにおいては、フードサービスを熟知するものがトップに立ち、店舗開発からメニュー政策、アカウント、店舗クルーの教育、トレーニングなどプロ集団が補完し合って事にあたる。
だから、店舗の出店段階においては、店舗開発のトップ、設計家(インテリアデザイナー)、キッチンプランナー、店舗・キッチンマネジャーなどの当事者がチームを構成することになる。
こうみてくると、ニユー・トーキヨーの業態、店舗開発はむしろアメリカ的なシステムと理解することができる。
業態開発や店舗出店は、もちろん地域や消費者ニーズを反映して具体化するものだが、ニユー・トーキヨーは出店する以上は「地域一番店」という考えにこだわる。
このためには、店をどう運営し業績を上げるか、現場の店長に責任とともに自主裁量権を与えている。売上げ第一主義、数値目標にばかりしばられていては、店は活力を失う。本部の管理部門が店の数字を把握することは大事だが、店(店長)をどう支援していくか、これは顧客ニーズに対応していくことにつながる。ニユー・トーキヨーは社員一人ひとりの人間性を尊重して、現場の店長においては最大限の能力が発揮できるよう、社員支援(育成)型の組織体制にあるということだ。
レストランビジネスの落ち着き先は“人的サービス”というのは説明するまでもない。プロの飲食業がおいしい料理、グッドサービスを提供するというのは当然のことだが、しかし、これは表舞台や裏舞台において、人の感性や創造性、意欲など人的サービスに依存する。
つまり、人材の育成なくしてはレストラン企業の活路は開けないということだ。福利厚生はもちろんのこと、地方出身者に対する「通学制度」。
これは向学心のある者に進学を奨励しているシステムだが、大学卒業者には一〇年のスパンで店長への道を可能にする。
ニユー・トーキヨー企業内支援の精神がここにある。しかし、いい話ばかりではない。場所や店によっては売上げが低迷し、トータル的にみれば企業としての業績が伸び悩みという状況にもあるのだ。
ニユー・トーキヨーグループ全体への年間延べ来客数は約三〇〇〇万人(消費量八〇〇万kl)。国民の四人に一人がニユー・トーキヨーの店を利用していることになるが、この伸びも横ばい状態にある。
バブル経済破綻後は消費単価の下降、集客数のダウンなど外食産業界共通の問題認識でもあるが、今年は天候不順がたたって、特にビールの消費も落ち込んだ。業態開発、店舗出店といっても、客入りが悪く、消費が湿っては成す術はない。
「既存店すべてがダメということではないんですが、正直言いまして業績が落ち込み、対前年でアンダーになっている店もあります。企業としてはいろいろと手を打ってきているんですが、国自体の景気対策も考えてもらわなくては、どうにも消費が高まらない。はっきり言って、企業では打つ手がないといえるのではないでしょうか」(経営統括部)
消費のバロメーターであるデパートの売上げも軒並み減速傾向にある。社会の成熟化、消費の飽和状態、競合の激化というファクターを考えれば、高度経済成長時代のように業績が右上がりで伸び続けるというはずはない。
企業としての新たな活路をどう切り開いていくか。昨年から推進してきている「NICE WAY21」プロジェクトは、その切り札の一つで、レストランビジネスにとどまらず、給食事業などコントラクトサービスの拡大、食材の開発と販売ルートの開拓、関連するソフト事業やコンサルティング業の創造など業容の拡大、再構築とも積極的に取り組んでいく方針にある。
果たして新たな活路が見いだせるか、ニユー・トーキヨーも大きな転換期にさしかかってきているようだ。
◇会社概要
・企業名/(株)ニユー・トーキヨー
・チェーンブランド/居酒屋「庄屋」、ビヤレストラン「ニユー・トーキヨー」「ビヤケラー」「ビヤステーション」「ミュンヘン」ほか
・創業/昭和8年4月
・会社設立/昭和20年8月
・本社所在地/東京都新宿区百人町二-二五-一三(電話03・5389・3001)
・本店所在地/東京都千代田区有楽町二-二-三
・資本金/三億六〇〇〇万円
・代表取締役会長/福田恒雄
・代表取締役社長/森紀二
・従業員数/約一二〇〇人、パート約四〇〇〇人
・事業内容/ビアホール、ビアレストランほか、和洋中のレストラン展開
・出店数/約二〇〇店(直営店)
・売上高/三二〇億円