ピザ・パスタ特集:石窯のピザと生パスタ時代

1999.06.21 180号 2面

日本人は、麺類がやたらに好きである。最近の異常ともいえるラーメンブームがそうであるし、「手打ちそばの会」なる同好会があちこちで誕生し活躍しているなど、手打ちそば愛好家たちの輪も静かに広がっている。

そうした飲食の世界ばかりではなく、インスタントラーメンや手延べうどんなどの世界でも、日本人の麺好きがあらわれている。スーパーやコンビニの即席麺売場をのぞいてみれば、そこには何十種類というインスタントラーメンが陳列されている。

日本即席麺業組合の統計によれば、日本人は一年間に一〇個以上の即席麺を食べているという計算になるそうだ。それほどの麺好きの国民であるから、イタリアンの主役「パスタ」を好きになるのは当然の理であるようだ。

しかしこのパスタこそ、さまざまな紆余曲折を経て今日定着したものなのである。昭和20年、終戦後わが国にアメリカ文化がどっと導入されたが、その中にコーヒー文化があった。このコーヒー文化は、喫茶店ブームとして昭和30年から40年にかけて日本国中に広がった。

この後に、コーヒーだけではなくサンドイッチやスパゲティを出す、軽食喫茶が登場する。この当時のスパゲティは、乾燥麺を事前にゆでて保管しておき、注文が来てからそれを再びボイルするか、フライパンであおって出したのである。

その上にミートソースを乗せた「ミートスパゲティ」、トマトケチャップで炒めたものが「スパゲティナポリタン」であった。それらは、現在のパスタとは似て非なるものと思った方が良いほど、調理方法にしても提供の仕方にしても、現在のパスタとはあまりにも違いがある。

現在のパスタはさまざまである。乾燥麺だけではなく、手打ちの生麺もあれば、ラビオリのような一種の餃子のようなものや、ラザニア、ペンネ、コンキリエなどのように通称「マカロニ」と呼ばれるものもパスタに分類され調理されている。

パスタを語るとき、今後のパスタがどのように受け入れられてゆくかをふと考えることがある。現在大きな動きにはなっていないが、将来必ず訪れる変化の兆しが出ている。それは、パスタが乾燥麺=乾麺から生麺(自家製パスタといったり、手打ちパスタともいう)へと、大きく変化するだろうという予兆である。

確かに今までのパスタは、本場イタリアからの輸入物=乾麺で占められていた。レストランではそれをボイルし、アルデンテの状態で提供しているのである。

アルデンテ状態とは、パスタの芯の部分が未だ硬く、周りは軟らかくグルテン化している状態をいうのである。乾麺をボイルすると、そのアルデンテ状態になるのは理の当然であり、またそれを「こしがあってうまい!」「しこしこして歯触りがいい!」などとお客の評判を勝ち得てきたのである。

ところが、こうしたアルデンテの難しい技術は、昔はプロの職人(調理人)が生み出せる世界であった。しかし現在はタイマーとサーモセンサーの付いたゆで麺機で、だれでもが簡単にアルデンテ状態で調理できるような仕組みとなった。

そうなると必然的に、他店との差別化で生パスタを使うところが出てくる。またお客も、より本物志向が強化された生パスタを求める環境は整ってきたのである。ラーメンやうどん・そばの世界がそうであったように、これからのパスタは生パスタの時代へと大きく変わろうとしているのである。本場イタリアでも、繁盛している大抵のお店は生パスタが当たり前である。

ところが、生パスタには生パスタの調理法や提供の仕方があり、乾麺と同じようなやり方ではなかなか定着しない。軟らかくて弾力性のある麺は、一歩間違えば「この店のパスタは、軟らかすぎる!」といかにも「ゆで過ぎ」とお客から批判されかねない。こうした批判を回避するには、生パスタのフレッシュさを客にPRしなければならない。

食材は、常にフレッシュ性を追求してきた歴史を持つ。冷凍エビよりチルドエビ。チルドより活エビへ。冷凍より沖締めの魚。沖締めよりも活魚。と、よりフレッシュな食材を求めて食材は常に“新鮮さ”追求してきた。何しろ、「打ちたて」「作りたて」はおいしさの代名詞である。

それにもう一つ、生パスタの魅力がある。それは麺打ち機やそのための人件費を差し引いても、お釣が来るほど低い原価率が実現できるという点である。だから大きな差別化のポイントでもあるのである。こうした魅力が浸透すれば、生パスタを採用し売り物とするお店が多くなるのは時間の問題である。

しかし、粉の選定や打ち上がったパスタの保存方法などに、十分気をつけなければならない。これらを十分に研究し、生パスタに挑戦していただきたいものである。この生パスタの登場によって、必ず近い将来イタリア料理の世界が大きく変化するに違いないのである。日本の家庭に初めてピザが登場したのは、おおよそ三〇年前である。それはスーパーマーケットの冷凍食品売場であった。またはチーズ売場であった。何とかチーズの消費量を伸ばしたいと願う、乳業メーカーの新商品として登場したのである。

硬いクラスト地のベースに、簡単なサラミソーセージのスライスとピーマンの輪切りとを乗せ、モッツァレラチーズを振り掛けたものであった。当時珍しい食べ物として重宝がられたが、各家庭に電気オーブンやガスオーブンが普及していない状態では、その売れ具合もたかが知れていた。

ところが、昭和50年ごろから徐々に様子が変わってくる。小型の電気オーブンが爆発的に普及し出すのである。これはオーブントースターと呼ばれるもので、トースターをオーブンにしたような簡便な家電製品である。

このオーブンの普及のお陰で、ピザ風な食べ物が大ヒットする。ご存じ「ピザトースト」である。トースト用の食パンにピザソースかバターを塗って、その上に具を乗せ、その上にモッツァレラチーズかとろけるチーズ(メルティーチーズと呼ばれた、すぐに溶けるチーズ)をのせて焼いたものである。

しかしこれはあくまで、ピザ風の食べ物でピザではない。スーパーで売っているピザが売れなかったのは、このオーブントースターの構造の問題である。ピザとしては最低の大きさの六インチ(一八センチメートル)のピザが、円形のためこのトースターに入らず、奥行きのないオーブントースターでは焼けないのである。だから四角いピザトーストがその代わりに焼かれたのである。

しかし、まがい物はいつか本物に取って代わられる。このピザトーストは、昭和60年代後半に登場した宅配ピザに一気に駆逐されるのである。

宅配ピザの配達するピザは、八インチから一二インチ(二七センチメートル~四〇センチメートル)もある本物のピザなのだ。それは到底家庭で焼ける大きさではない。またそのような大容量のオーブンを家庭に備え付けている家庭も少ない。

その大きさだけではない。まさに本場の味が、電話一本で三〇分後に届けられるという、言うならば一種の革命的な出来事だったのである。またそれは、FC(フランチャイズチェーン)という、新しいビジネスのスタイルを取っていたために、あっという間に全国を席巻してしまうのである(本紙恒例の「宅配特集」参照)。

しかし、このデリバリーピザはアメリカ人が好むスピードと合理性の産物である。少しずつではあるが、こうしたあわただしい食事のスタイルに疑問を持つようになったお客は、新たな本物のピザを求め出す。そこで現在、そうしたお客に大ブレークしているのが、まきをたいている窯でピザを焼くという「窯焼きピザ」の登場である。

石づくりの窯は、本物のまきをたき、窯を温めてピザを焼くのである。電気オーブンや電子レンジでは、決して求められないほんのりと木の香りと焦げるにおいがするピザなのである。

こうした演出をしているイタリアンのお店では、ついでにピザのベースのドウも作っている。成形され熟成された生地を伸ばし、その場でドウを作り、オリーブオイルを塗り、ピザソースを塗り、具材を乗せ、モッツァレラチーズを乗せて、柄の長いピーユーラー(ピザを窯の奥まで運ぶ道具)で釜の奥に繰り入れるのである。

こうして焼き上がりを待つのである。「どんな風に焼けるかな~」と、それは心はずむ一瞬である。こうした本物志向でなければ、もうお客は満足しなくなっているのである。同時にこれは、製造過程をショーとしてお客に見せて、食事を大いに楽しんでもらおうという斬新な趣向でもある。こうして今では、石焼き窯のあるお店こそ繁盛イタリアンの条件にさえなってきているのである。

パスタにしても、ピザにしても、ますます本物らしさが求められてきている。これだけグルメ情報がまん延している中で、お客を満足させることは並大抵なことではない。われわれも、もっともっと本場の料理に学び、まさにこれこそどこにも負けないピザとパスタだといえるような商品を開発したいものである。

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