ヘルシートーク:写真家・文筆家・画家 西川治さん

2008.03.10 152号 05面

 朝ごはん研究が流行っているけれど、最も先駆けだったのはこの人かも。『世界ぐるっと朝食紀行』を読むと、行ったことのない国の、食べたことのない朝食の湯気が、目の前に立ち上るようだ。写真家で画家の西川治さんが食べてきた各国の朝ごはん、ちょっと聞いてみたい。

 ◆1枚の写真が教えてくれる、あの朝

 旅の醍醐味は朝食にあります。現地の人と同じ朝ごはんを食べることは、その国をよく知るもっとも近道だと思いますね。北京で万頭、メキシコでトルティーヤ、ベトナムでフォー、パリではもちろんクロワッサン。市場でカフェで、それこそいろんなものを食べてきましたね。

 朝ごはんの話を本にしたのは、確かに早かったかもしれない。今回のものは2000年の単行本を文庫にしたものです。若い頃から旅行をしてきた時のことをまとめました。古い話は40年も前。どうやってその日の朝ごはんを思い出すのかって…簡単な日記みたいなメモは大学ノートにとってます。料理、街、会った人、いくらだったか。それをもとに、その時の気分を忘れないうちに大体書いておく。それからこれは僕だけでなく、カメラマンはみんなそうだと思うけれど、1枚の写真を見ると、その時の状況を思い出せるということはあります。光の具合、風向きの感じ、僕の右肩にこういう人がいたな、こういう匂いだったなとか。写真に写っていない、そういう雰囲気みたいなものを何十年たっても思い出します。

 ◆朝日と一緒に目を覚まして

 お酒を飲んで夜を楽しんでいるイメージがあると言われますが、実は、夜は案外弱いんですよ、いまは。お酒はまあ弱くはないけれどね。この本の中の20代、30代の頃は確かに夜は夜で仲間と盛り上がっていたけれど、それでも朝は朝日と一緒に目が覚めてその土地の朝ごはんをワクワクして食べていた。小さい頃、父親から「お天道さんが沈んでからウロウロしているのは泥棒しかいない。早く寝て早く起きろ」と育てられた。その影響かな。

 バブルの頃は撮影現場はみんな夜型で、深夜から始めるなんてことも多かったけれど、いまは若い人も「そんな遅くまで仕事をしたくない」と変わってきた。地球ができて何億年、そのほとんどの時代、人間は夕方になったら寝て太陽が出てから仕事をしてきたわけでしょう。人間が夜型になったのは100年かせいぜい200年、電気が発明されてから。本来、人間の身体は朝型なんだから、それを覆したら良くない。本能的にイライラしたりするのも当然。だから、これはダメだとだんだん戻ってきたんじゃないかな。

 ◆香港の、船の上にて

 思い出に残る朝ごはんですか。いっぱいあるんだけどモンゴルとかモロッコとか、そういう自分たちの食生活とまったく違うところに行くと、好奇心がとても満たされる。

 アジアは特に朝食を大事にしていると思う。東南アジア、ベトナムやバリは朝・昼・夜でもほとんど料理が違わない。バリでは昼間は食べなかったり、夜もお腹がすいたら食べる感じ。わりとどうでもいいようで、不思議と朝はちゃんと食べるんだな。中国の人は仕事の行きがけに外で食べる。インドもいい加減のようでいて、朝はちゃんと食べてる。韓国はもちろんむちゃくちゃ種類が豊富で、きちんといただきます。

 日本にまだ青梗菜が入ってなかった頃、香港で食べて旨くて驚きました。屋台でそばの上に青梗菜、それにオイスターソースをかけて。水上生活者の人に招かれて船の上で味わった食事も忘れられない。野菜をゆでるのにサラダオイルをぱっと入れて、沸点を上げて温度を高くしてゆがく。青菜が真っ青になって。炊飯器のコメの上に五徳を入れてその上にお皿、干物なんか置いて醤油・塩こしょう。ごはんが炊けた時にはおかずもできてるんだ。熱量をムダにしない。中国の人らしいアイデアだなって感心したね。

 イタリアではラディッシュを無塩バターで食べるのが面白かった。ナイフとフォークでお上品に切って、赤と白がそれは美しい。なかなか粋だなーって嬉しくなって、いまでも時々用意して食べます。

 ◆本能的感覚を磨こうよ

 その国の人にとっては日常の朝の通勤バスが、僕にとっては非日常的。そういう風景の中、朝食を食べに行く。時間的な制約がある仕事の場合は、感受性が鈍るかな。やはり自分で「よし、行こう」と思って安い店に行って、「ああ、旨かった」というのがいい。言葉は30か40の単語くらいは必ず覚えるけれど、それくらい。何とかなるもんです。

 旅に出ると本能的な感覚も磨かれる。賞味期限を気にするのではない食べ方。オランダではニシンを玉ネギの刻んだのにくっつけて生で食うわけだけど、同じニシン1匹だって、こちらとあちらでは違うかもしれない。目・鼻・感触、五感をフル回転させて、それに自分の体調を十分考慮して、「よし、食おう」。そういう食経験って大切だと思います。

 ○プロフィール

 にしかわ・おさむ 1940年、和歌山県生まれ。写真家、文筆家、画家、料理人。著書は『PASTA パスタ』『快楽的男の食卓』など60数冊。日本経済新聞で「フードは語る」を連載。TBSハイビジョン「芸術家の食卓」TBS「ジャンコクトーへの旅」NHK「おしゃれ工房・暮らしを撮る」「金曜アクセスライン」等に出演、また1年間キャスターとしてNHK「男の食彩」に、テレビ東京「食の風景」ではナビゲーターとしてレギュラー出演。

 ●『世界ぐるっと朝食紀行』(新潮文庫)

 世界各国の朝ごはんのお話。最後には、西川さんの生まれ故郷、紀州の朝食「茶粥」が登場。

 〈茶粥の炊き方〉

 分量は、コメ1に対して水が10~15

 (1)コメを洗い、鍋に水を入れ、はじめは強火で沸騰してきたらほうじ茶を入れた茶袋を入れ、コメがはじけるような状態になり、茶がしみこみ琥珀色になるまで煮る。

 (2)茶袋を取りだし火を消す。

 ※布袋で縦15cm×横10cmの袋を作る。袋にほうじ茶を入れた時に上部で縛る木綿の紐を縫いつけておくと便利。

 (「世界ぐるっと朝食紀行」から抜粋)

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