だから素敵! あの人のヘルシートーク:歌手 アグネス・チャンさん
10代に香港から日本にやって来て、それから約30年というアグネス・チャンさん。中国の家庭では、母親が食べ物と健康に関する知恵を子供たちにたくさん話し伝えていく習慣がある。家庭を持ってからは、遠く離れた日本でそれを実践してきた。日本中医薬研究会が高崎で開催した講演会から、そのエッセンスを伺おう。
子供の頃、「食べ物はあなたを作ります」と、母親からいつも言われました。「あなたはあなたが食べたもの」だと。先祖からもらった身体を生かすも壊すも、どういう風に食べていくかにかかっている。みんなそれぞれ、違う身体をもらっている。長生きできる人は、食べ方が正しかった人たちでしょうね。
具体的にはどう食べればいいのか。母親の教えでは三つの観点から自分の体質を決めます。まず「寒」か「熱」か。「寒」はいわゆる冷え性で、夏でも寒がったり、冷たいものを飲みほせない人。「熱」は冬でも布団を蹴飛ばしてしまうような人です。次は「実」か「虚」か。「実」は筋肉質など、身体の中にいろいろな物をたくさん持っている、あり余っている人です。反対に「虚」は元気が足りない、貧血など。もう一つは「湿」と「燥」。湿は溜まっているむくんだ感じ。燥はカサカサして、みずみずしくない感じ。
私は「寒・虚・燥」の組み合わせ。結婚した相手は「熱・実・湿」。だから私にとっていい食べ物は彼にとっていいとは限らないし、その逆もある。子供たちもみな違う体質です。
それでは同じ食卓でどうしましょう、となりますね。お勧めは大皿でご飯を食べることです。私は、人数分の大皿プラス薬膳スープを用意します。一人ひとり分けないのが知恵なんです。煮物を大皿にドンと置いて、「あなたはおいもをたくさん食べた方がいい」とか、「鶏肉をたくさんね」とか、子供たちの体質に合った食べ物を教えてきました。「小さい頃から食べていれば、身体の調子が良くなるからね」と。だから子供たちはいま、自分にとっていい食べ物が分かっています。
どうやって自分にいい食べ物を見分けるか。根本になるのは「五味五色」です。
まず色。赤い食べ物は心臓にいい。黄色は胃腸までも含めた脾臓。白い物は呼吸器官と皮膚も含めて肺臓。美人になりたい人はこれ、白い物がいいんです。黒い物はホルモン系がたくさん含まれている臓器、腎臓。青い物は、血の巡りが大切な肝臓。それから五味。苦い物は心臓。甘い物は脾臓。辛い物は肺臓。しょっぱい物は腎臓。酸っぱい物は肝臓。
私は歌を歌うので、呼吸器に関する肺臓を丈夫にしたい。だから白い物をたくさん食べます、すると調子いい。また女の人は腎臓がとても大事だから、黒い物も積極的に。白と黒でなんとかして自分を補っていこうと。
もちろん他もちゃんと食べなきゃいけないんですよ。丈夫な所を悪くしてしまうから。とにかく自分の中で気になる所に良い物を多めに取ることです。お酒をたくさん飲むならば肝臓を大事にしようとか、心がけるといいですね。
夫も私と結婚してから、いろんな野菜を食べるようになり、高血圧が出やすい家系なんですけどね、改善されています。
子供は三人とも男の子。女の子が生まれたら、母親に教わったように教えていきたいと思っていたのですが…。でもこれからは男女平等の時代、女の子の役目、男の子の役目はないですから、一生懸命口うるさく教えてきましたよ。
身体に合う物を勧めていけば、ホント身体とホルモンのバランスが良くなって調子が良くなる。調子がいいと何がいいか、気分が良くなる。性格が穏やかになる。つまり、言うこと聞くのよ(笑)。これが大事。「子育ては食べ物から、夫育ても食べ物から」と、昔からお母さんたち言うんですが、本当にそうです。
胃袋をコントロールしてしまえば、家族はあまりケンカしない。「ああ、ケンカしそう」という時は、夜食で何か食べさせればいいんです(笑)。そうすれば仲直りできる。愛情はたくさん持っていても、なかなか表現しにくいですね。ありったけの愛情を注ぎたい時に、料理はすごく便利。一生懸命作って食べてくれてたら「もう愛情お腹に入った」と。反抗期で振り向いてくれなくても、「大丈夫。愛情、ここにある」と。
「まずは自分から」と母はいつも言ってました。「母親が家の中で笑ってなければ、誰が楽しい? だから自分がちゃんとニコニコできる状況にいなさい」と。私が小さい頃、香港はまだ貧しくて、母親は大変だったと思う。お金はないし子供は多いし。それでもなんとかこの「五色五味」を実践して、頑張っていました。
そういう母親になる方法、教わりましたね。私が母親からもらった一番大きなお嫁入り道具は食べ方かな、と思います。遠いですからいちいち助けに来てくれはしないけれど、毎日毎日ご飯作りながら、母親思い出すんですね。独身の時はこんな食べ方術は全くやらなかったのにね。やはり自分のためじゃできない。家族のためでないと。
離れても、私がいなくなっても子供に残せる財産、私も伝えていきたい。一七歳の長男はアメリカに留学中ですが、小さい頃から料理好きで。夏休みで戻ってきて、改めて私に申し入れたんです。「ママ、料理をたくさん教えて下さい」と。「やったなー、私の教育成功したな!」と嬉しくて。だからこの夏はたっぷり仕込みます。お料理作れる男の人なら、いいお嫁さん来るような気がするのね。
「一〇〇%の健康を望んだらぜいたく」ということもよく言われました。そういう人はなかなかいません。一〇〇%の健康は無理でも、元気にはなれる。言い換えれば、病気の種はみんな、持っているけど、それを本当の病気にしない。「健康を目指すよりも未病を目指しなさい」ということ。
いざ自分が病気になったとしても、慌ててはいけない。病気もうまくつきあっていけばいい友だち。悪くつきあえば災いのもと。だましだましうまくつきあっていって、そして毎日元気に暮らせて、食べたい物が食べられて、やりたいことがやれて、そして結果として長生きできたら、それは病気に勝ったこと。病気に負けるのは、慌てて身体に良くないことをしてしまって、病気を余計にこじらせてしまうことなんだそうです。
親戚でも病気を持ちながら、長生きしている人たくさんいます。あと半年と言われたのに、「あれ? もう二〇年たってるね…」とか。そして人生を楽しんでいます。元にあるのはやはり食べ物でしょうか。
日本料理は世界の中でも特に優れている料理ですね。なぜかというと本当に食材が豊富だからです。細長い国には四季があって、山から畑からたくさんの恵みがとれる。海がぐるりと囲んでいて、そこからの幸もたくさん。それらの食材が一日で各地に移動して、新鮮なまま食べられます。こんな国はとっても少ない。
その食材を使っていろんな形で日本料理を作る。皆さんはそんな宝をたくさん持っておられるので、それを大事にして次の世代にどんどん教えてほしいと思います。私もお姑さんにたくさん教わりました。
でもね、その通りに作ってもでき上がると中華味なのよ(笑)。肉じゃがも少し違うらしい。育てられた舌が違うのでしょうか。皆さんのようにカンペキには作れません。
食文化は、親から子、子から孫へと、伝えていけるから文化ですよね。繋げなければ途絶えてしまう。その間のパイプになっていきたいな、と思います。私も頑張りますよ。
冷や奴、最近大分、おいしくなりました。あれ、冷や奴、料理じゃないですか(笑)。
◆プロフィル
アグネス・チャン 1955年、香港生まれ。72年『ひなげしの花』で日本デビューし、73年『草原の輝き』で日本レコード大賞新人賞などを受賞。上智大学国際学部を経て、カナダのトロント大学を卒業。教育学博士(ph.D)。歌手活動以外にも大学教授・日本ユニセフ協会大使・文化人として世界を舞台に幅広く活躍している。