平均気温27度の国では何を食べる? 決め手は薬膳調理法
マレーシアでは一年中、朝晩が摂氏二五度くらい、午後は急に三〇度を超える。平均気温は二七度前後、まさに春夏秋冬ではなくて夏夏夏夏という“四季”の中にこの国の一年はある。そんな気候の中で“夏バテ”はないのだろうか。これを防ぐためにどんな食生活を取り入れているのだろうか。日本で『マレーシア屋台天国』の著書を持つ、現在クアラルンプール在住の『馬新華人資訊匯報』編集長、陸培春(ル・ペイチュン)さんに話を聞いた。
暑い国には暑い国の食べ方術がある。ポイントとなるのは素材と調理法だ。しかし、いうまでもなく、もうひとつアジアの国々の食文化に大きな影響を及ぼすのがそれぞれの民族の伝統だ。
半島マレーシア、島嶼マレーシアにまたがるこの国の人口比率は、マレー系が半数強、中国系が約三割、残りの一割がインド系を含む様々な少数民族、という割合で構成されている。その文化は一つの溶炉に溶け込んだものでなく、いくつかの文化を組み合わせて作り上げられる、一種の“モザイク文化”という。料理にしてもしかり。それぞれの文明の素晴らしいハーモニーを保ちながら共生共創しているのがマレーシア料理なのだそうだ。
「多数派のマレー系は、ご存じカレー味が大好き。次に多い我々中華系は薬膳料理が大好きです。中華系はマレー系のカレーも好きですが、逆にマレー系は中華系の薬膳料理は食べません。どん欲な我々の方が、マレーシアの食を広く満喫しているといえるでしょう。カレー粉の中にもショウガ・桂皮・ターメリック・唐辛子などの香辛料が含まれているので、基本的には一種の薬膳料理だと私は解釈しています。薬材にはこの暑い国で生き抜くための知恵、例えば滋養強壮、発熱性消耗性疾患などの栄養補給に関しての効果・効能があります」と、陸氏は分析する。
さて、具体論だ。
初めに、多数派のマレー系から紹介してもらおう。
「マレー系といっても出身地の違いによって料理の特色や風味が違いますが、香ばしく、辛いのが共通の特徴といえるでしょう。それを醸し出すのは東南アジアの伝統的な香辛料で、唐辛子やターメリック・ジンジャー・アルピニア・ケンフェリアなどショウガ科の根茎、酸味にはレモン・ライム・タマリンド。その他にもコリアンダー、ハッカ葉、ドクダミ葉などがよく登場します。これらの香辛料や薬味をうまくミックスしてペーストにしてから静かに油で炒めるのが第一歩。その後、クリーム状のココナッツミルクかスープ、そして野菜、肉または魚を入れるのがマレー系の調理法ですね」。
(エスニック風味満点のマレー系メニュー三点のレシピは8~9面)
次は、陸氏のふるさと、中国から伝わってきた中華料理をお願いしたい。
「マレーシアに移住した中国系は、ふるさとが南方系の広東省と福建省の人が多いので、その影響は料理にも色濃く現れています。ただ本国では軽くマイルドな味付けが多い広東料理も、南国のマレーシアとなると胃袋を刺激するために唐辛子などの香辛料が本場よりもやや強いなど、この国ならではの特徴があります」。
それではまず、福建系のメニュー。「マレーシアの中華メニューといったら最初に上げなくてはならないのが『肉骨茶(バグデエ)』。クアラルンプールに近い港町、ポート・ケランで生まれた福建系の名物薬膳料理です。この港町の人々は埠頭で働き、一部は漁業に従事します。力仕事だから朝からいっぱい食べておかないと元気が続かない。そこでこのスタミナプラス漢方のメニューが誕生し、愛され続けているわけです」。
マレーシアの中華系の人たちの間では「朝、友だちを探すには、その人が好きな肉骨茶屋台を探せばいい」といわれるくらい、ポピュラーな料理という。「肉骨茶はこの国では街角の屋台で誰でもが簡単に味わえる料理ですが、これを家庭で作ろうと思ったら昔は漢方薬店に行ってこちらの要望を伝えて調合してもらったものです。いまは秘伝の漢方調味料がティーバッグになったものも登場しました」。これらの製品には、その成分として党参・当帰・玉竹・玉桂・杞子・甘草・白胡椒など身体にいい多数の漢方薬が含まれていることが記されている。
広東料理はどんなものが有名なのだろう。「広東料理からは、その中でもヘルシーさが光る客家(はっか)料理を取り上げたいと思います。客家料理の特徴は、簡素であること、それから肉の代わりに豆腐をよく使うことです」。
客家とは晋末の頃、中国北方から湖南、江西、四川、福建、広東へ流れ込んだ漢民族の一種族で、マレーシアにも多く住んでいる。京都大学大学院教授、WHO循環器疾患予防国際共同研究センター長でもある家森幸男氏の『長寿の秘密』にも、客家の暮らしぶりと食生活には健康・長寿のテクニックがたくさん隠されていることが描かれている。ぜひとも、そのレシピを教えてもらいたいものだ。
「中でも名物料理を一つあげるとしたら『客家醸豆腐(コオジイアニヤントウフー)』。ちょっと強引かもしれませんが、マレーシア版おでんと言ってしまいましょう。醸豆腐の作り方は、新鮮な鰆か西刀魚(シーダオユー)を三枚に下ろした後、スプーンでその身をほぐし、バラ肉、塩魚、ネギ、ショウガ汁などと包丁でミンチにして、切り口を豆腐に詰め込めばOK。マレーシアの醸豆腐は出藍の誉れを得、中国本家のものよりも多様多彩です。豆腐だけでなく真っ赤と緑の唐辛子、オクラ、ニガウリ、ナス、湯葉などの野菜類も好みで使われます。大皿に山盛りになる醸豆腐をチリソースなどつけて食べるのがマレーシア流です」。
(中華系メニュー2点のレシピは9面)