だから素敵! あの人のヘルシートーク:料理研究家・小林カツ代さん
現在、家庭料理のプロ第一人者といえばこの人、小林カツ代さん。料理教室での授業、テレビ・ラジオの料理番組、スタジオでの料理撮影などの本業のほかに、最近では自然や人間・動物・環境を守るためのボランティアや講演などにも奔走。かたや著作はすでに一〇〇冊に届く勢いだ。多忙なスケジュールを笑顔でこなすエネルギーは、やはりおいしい料理の恩恵なのだろうか。それとも生活態度の心構えに秘訣があるのだろうか。「一番楽しくてやりがいのあるクラス」というシニア男性を対象とした料理教室の話を軸に、じっくりと話をうかがった。
料理教室は全部で一〇教室くらいやっています。その中で最も楽しくてラクなのは、シニアの男性向けのクラスです。生徒さんは六五歳から八〇代の方まで。エッ? 全然大変じゃないですよ。もう打てば響くという感じのコミュニケーションのよくとれた授業です。「男性の方がもともと料理はうまい。素質があるんだから…」というようなよく言われる意味ではありません。
私は逆にそうは思っていませんから。それは個人差であって、男女の差ではないと思います。
それでは何が違うのかというと男性たちは非常によく人の話を聞くんですね。どうしてかというと、彼らは長い間、社会で働いてきた、あるいは現役で働いている人たちだから。勤め人が上司の言うことを忘れたら大変だし、商売人がお客様の言うことを聞いてなかったら話にならない。仕事の場面において、相手は同じことを二度も三度も言ってはくれないでしょう。そういう社会的訓練を受けているから、私の教室でもさも聞いていないような顔をしていても、ちゃんと全部聞いてくれている。
「これだけはしてはいけません」と言ったことは、どんなにお年を召した方でも絶対にしたことはありません。
それに対して社会から閉ざされている女性、専業主婦の方々に料理を教える時の方が大変。
残念ながら、聞いているような顔をしていて、聞いていないことが多いんです(笑)。
題材となるメニューは、私が教えたいもの、生徒である皆さんが食べたいであろうと想像するものです。最初から「老人のための料理は一切教えません」と宣言したところ、「それは願ってもないことだ」と言われました。焼き魚とか芋の煮っころがしとか、家でイヤというほど食べさせられているものを教わったって楽しくないですよね。
私よく言うのですが、世界中で老人食というのがあるのは日本だけなんです。フランスの田舎などでは豚を一頭殺して貯蔵しておいて、それを材料にした同じ料理を年輩者も若い人も一つのテーブルで食べるでしょう?
高齢の生徒さんたちでも最近まで現役の方がたくさんいらっしゃるから、それこそ外食や接待でおいしい中華料理やフランス料理も食べていたわけです。それが引退したとたん老人料理になってしまう。料理だけでなく言葉遣いまで「おじいちゃーん、何とか」とか幼児に使うような言い方をしてそれが優しさだとカン違いしている人がいますけれど、私はこれには非常に腹を立てるほうなんです。いくらお年を召していても絶対子供ではないですからね。私は年輩者とお話しする時は、私よりも経験をいっぱいしている人だというとらえ方しかしたことがありません。たとえば料理にしても皆さん、とてもいいものがいっぱいあった戦前の日本の食べ物をご存じです。
さてそれでは、実際にどんなメニューや調理法をその教室で提案してきたか、少しご紹介しましょう。人気があるのはヘルシーなイタリア料理や中華料理ですね。若い人と同じおいしいものといっても、たとえば食べ方においてより長くかむとか小さく切って食べる方がいいとかあるように、調理法にも工夫があります。
薄いイタリアンステーキならば、小麦粉をつけて焼くと軟らかくなり、入れ歯でもかみやすくなる。脂っこいものは一回ゆでてから調理すればコレステロールの摂り過ぎを防ぐことができる。たとえば市販の脂っぽいハンバーグ。表面は焦げていても、中は火が通っているかどうか、これ難かしいですよ。だったら焦げ目のついたものに熱湯を差してジャーッと煮立たせる。フタをして蒸し焼きにするとふぁーっとするんです。もし安物で脂っぽかったら、こんな時だけは「エコロジーは他のことで気をつけます、ごめんなさい」と、紙に吸わせて捨ててもいいでしょう。
調理上の工夫も年輩者が作る場合ならとくに必要だけど、本当は若い人にも有効なことです。ご先輩の人にと工夫した様々なことが、年齢を問わず役立つのです。生徒さんたちは教室で習った料理を家で家族のためにも作るようです。最高の料理を作るおじいちゃま、お父さんなんて、家庭内でのステータスがずい分上ったそうですよ。一人暮らしの人は自分自身にごちそうする。こういう気持ち、態度も素晴しいですね。
食べ物というのは本当にすごい力を持っているんですよ。この教室を七年やっているのですが、その間ご病気で亡くなった方はいません。皆さん顔の色つやがもうピカピカしています。食べているものがいいということと、人から「ごちそうさま」と感謝される立場であるということと両方の理由があるのでしょう。
おいしいものを食べると血液が喜びます。これはお医者さんに聞きました。血液が脳へいって脳が「おいしい」というのを発する。ええ、「おいしい」というのは舌で感じるのではなくて、脳で感じるんです。そうするとそれが伝達して血液がダーッと流れて活性化するんだそうです。だからみるみるうちに顔色もよくなるわけです。二〇~三〇分でエネルギーにかわっていきますからね。
人それぞれにある好き嫌い。私、これには意味があると思うんです。好き嫌いがあるということは、自分の身体に合うものと合わないものがあって、ちゃんと選択しているということ。それは人によって皆、違います。だから私、「無理にでも食べましょう」って押しつけることはめったにしません。「そういうのもいいですよ」と言います。
エッ?お正月明けのいま、「そういうのもいいですよ」というメニューですか。そうですね、食材としては、緑のホウレンソウとかコマツナは霜が下りて最もおいしい時期ですからおススメ。ビニールハウスでつくったものではなくて、霜のあたる路地ものですね。
ごちそうづくめの後は、胃を休めて温めるものがいい。おかゆ、お雑炊、コトコト煮た鍋焼きうどんとか。胃はことに冬は温かいものが好きなんです。胃が温くなると身体も暖かくなる。ですから夜寒いと思ったら、寝る時にお湯を飲むのがいいです。中国ではこれをパイタン(白湯)といいます。身体が弱っているなと感じる時、ノドがガラガラする時も寝る前にね。
あと、今日これからごちそうコース、肉・魚がメーンという時は、自分の好きな野菜料理を選んで食べることは必要です。それも叶わない外食時などは、私は駅で野菜ジュースを買って飲みます。楽しみながら、バランスのとれた食生活を考える工夫、実践してみてください。
●プロフィル
大阪生まれ。大阪帝塚山学院国文科を卒業後、結婚。これを機に料理開眼。大好きだった絵と文章・料理を合体させた「お料理さんこんにちは」(現在、晶文社から発売中)を出版し物書きとしてデビュー。前後してテレビのワイドショーの料理コーナーに出演して、料理研究家への道を歩むことに。手早くておいしい料理と、明るくさっぱりとした人柄でファン層は幅広い。著者には「新・働く女性のキッチンライフ」(大和書房)、「小林カツ代のらくしておいしいものばかり」(文化出版局)など多数。