読者のひろば 世界1、マルセイユの塩焼きイワシ

1996.03.10 6号 19面

海外旅行はなざかりの世の時代とはなったが、さてわれわれ日本人にとっての問題は、話すことと食べることではないだろうか。旅は行き着くまでの時間が長いと、それだけでも疲れる。ましてや、あの機内食には閉口するのは誰しもであろう。眠っているのに起こされる。

オーデコロンの熱あつのおしぼりでは、眠気は覚めてもその後に食欲は湧いてこない。そうこうする間に現地到着ホテルでまた食事である。もちろん口に適うようなものは出てこない。

次の日は時差の関係で現地の食事時間になっても、あんまり食欲が出てこない。かと言って、日本料理店をと言ってみたところで日中は営業していない。そう言うときに出くわしたのが、マルセイユの塩焼イワシである。

もちろん、マルセイユは地中海に面する大都会であるから魚料理はおいしい。とくに、いろいろな魚を煮込んだブイヤベースは推奨に値する。ただし、南フランスでは一般にニンニクを多量に料理に用いる。一回目はよいが、続ける気はしない。

そんな時にひょいと見つけたのが、マルセイユの中心駅に昇る石段わきのテント張りの小店である。誰かが食べているそれを軽く指さして、「私にも」と言ってみれば、それがテーブルの上に出てきた。日本で言うならば、タイやアユの塩焼といった具合に一面に塩が厚く被り焼かれている。フォークで軽く剥がせば皮が塩ごと外れ、つぎに骨にあてるとこれも見事に身が外れ、しかも身に火は通っているが骨にはうっすらと血の色も残っていて、まさに食べ頃と言う感に身体一杯に満足感が満ちた。

日本で言う半合ガラスびんの地の白ワインを見つけてともに味わったがその美味たること、至福の時を過ごすこととなった。

イワシは英でサーディンと言うのは大抵の日本人は覚えている。フランス語ではサルディーヌで日本のマイワシとは同一のものではないが、しこイワシに姿は似ていて、あっさりとしており日本人向きである。

私は、今まで世界中を旅して何が一番おいしかったですかと問われると、マルセイユの塩焼イワシと答えることにしている。世界は広いようで共通するものも多いことを今でも心する。

(東京都=月島守、58歳)

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