ヘルシートーク:俳優・佐藤浩市さん
日本を代表する俳優のひとり、佐藤浩市さん。11月7日から公開される主演作『起終点駅 ターミナル』では、愛する女性を死なせてしまった過去を持つ元裁判官・鷲田完治を熱演。若手時代と、その25年後の姿を見事に演じ分けました。鷲田完治という人間の人物像、彼が抱える心の闇とは…?
劇中に登場する料理やロケ中の食事についてのお話も交えてお聞きしました。
●ひとり静かにつくる料理が心を閉ざす男を支えていた
僕が演じた鷲田完治という男は、愛する女性を死に追いやってしまった自分自身に、まるで罰を与えるかのようにして暮らしている人物です。果ての街・釧路で「罪」という殻の中に閉じこもり、25年もの間、息を潜めるようにして生きてきました。
そんな完治のささやかな楽しみが料理でした。気に入ったレシピをコツコツと新聞から切り抜いて、毎日静かに、一人前の食事をつくる。誰かと食べるわけでもなければ、うまいと言ってもらえるわけでもない。けれどもそれが完治にとって、生きるためのよりどころになっていたんですね。
やがて、ふとした出来事から、孤独な少女・椎名敦子(本田翼)と自宅で一緒に食事をすることになり、止まっていた時が動き出します。
登場する料理は、完治が生きている証のようなもの。料理をする姿や食事のシーンを通して、ただ悲劇的で美しいだけでない、人間らしさを表現したいと思って演じました。
●北海道の空気の中でじっくりと芝居を深めました
ロケはほぼすべて、北海道釧路市とその周辺で行いました。雄大な自然の中で芝居をしていると理屈っぽい考えから解き放たれて、身体がどんどん役になじんでいくのが分かるんですよね。すると、いろいろなことが見えるようになってきて……。最初に気付いたのが、愛人である結城冴子(尾野真千子)が死を選んだ理由でした。
東京に残してきた妻子のもとに帰る前日、完治は、冴子が働く店の前で煙草をくゆらせます。それは別れを告げるために、気持ちを整理していたから。けれども若く優柔不断で真面目だった完治はどうしても別れを切り出せず「一緒になろう」と伝えてしまうのです。冴子はすべてを理解した上で、完治の目の前で電車に飛び込んでしまいます。きっと冴子は、「こうしないと、この人は永遠に堂々巡りの中から抜け出せない」と分かっていたのでしょう。優しく残酷な焼印を刻み付けるため命を絶ったのだと思いました。
それが分かったことで25年、誰とも関わることなく、自らに罰を与えるように過ごしてきた。しかし新たな人との出会いの中で、決してそれは償いにはなっていなかったと気付く。物語終盤にひとりで黙々とイクラ丼をかき込むシーンがあります。演じているうちに、自然と涙があふれてしまいました。もともとは泣くはずじゃなかったんですけどね。
背負ったものの重さと、感情の変化。静けさの中ににじみ出る“鼓動”のようなものを感じていただければ幸いです。
●郷土料理や新鮮な野菜 地のものを食べて、活力を養う
劇中に登場する「卵と青菜の炒め物」や「ザンギ」といった料理は、実際に僕がつくったもの。台所に立って調理している様子を、そのまま撮影してもらいました。「どうせつくるならオリジナルのレシピでつくってしまおう」と思い、ザンギの隠し味にウスターソースを使うなどの工夫をしているんですよ。撮影後は役者やスタッフ、みんなに食べてもらいました。(本田)翼も「おいしい、おいしい」と、とても喜んで食べてくれました。ただ、できたてアツアツを提供するというわけにはいかなかったので、その点、ちょっと悔いが残っていますね。
若い頃からちょこちょこ料理をしていたこともあって、調理シーンには比較的スムーズに臨むことができました。いまも、酒のアテぐらいだったら自分でつくることが多いですね。僕、人と約束して飲みに行くのが苦手なんですよ。面倒くさくて(笑)。自宅で自分用のつまみだけをちゃちゃっとつくり、映画を見ながら酒を飲む。これくらいが気楽でいいなあと感じています。
北海道で食べた物でとりわけおいしかったのが、美瑛の夏野菜。なすやトマト、きゅうりなど、すべておいしかった。フレンチの名店「レストラン・アスペルジュ」の野菜コースは忘れられません。
『起終点駅』のロケ地である釧路は、炉端焼き発祥の地と言われているそうです。ロケ中、いろいろな炉端焼き屋さんで海産物をいただきました。その土地ならではのうまいものが食べられる、これがロケの醍醐味でもあるんですよね。
●プロフィール
さとう・こういち 1960年東京都生まれ。1981年『青春の門』で映画初出演。1994年『忠臣蔵外伝 四谷怪談』で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。その後も多くの映画、テレビドラマで活躍する。近年の映画出演作に『大鹿村騒動記』『あなたへ』『のぼうの城』『草原の椅子』『許されざる者』『人類資金』『バンクーバーの朝日』など。2015年は『愛を積むひと』『HERO』『アンフェア the end』といった話題作に出演。11月7日より主演作『起終点駅 ターミナル』が公開。
(※)写真 ヘアメイク:及川久美(六本木美容室) スタイリスト:喜多尾祥之 衣装:スーツ、ベスト/バーニーズ ニューヨーク 0120-137-007 シャツ、チーフ/ビームス 銀座 03-3567-2224
◆Movie information
『起終点駅 ターミナル』(東映) 2015年11月7日(土)より全国ロードショー
原作:『起終点駅 ターミナル』桜木紫乃(小学館刊)
脚本:長谷川康夫
監督:篠原哲雄
音楽:小林武史主題歌:「ターミナル」My Little Lover(TOY’S FACTORY)
出演:佐藤浩市、本田翼、尾野真千子
(C)2015 桜木紫乃・小学館/「起終点駅 ターミナル」製作委員会
http://www.terminal-movie.com
●Story
北海道・旭川で裁判官として働く鷲田完治(佐藤浩市)のもとに、学生時代の恋人だった結城冴子(尾野真千子)が現れる。妻子の待つ東京に戻らず、すべてを捨てて冴子とともに暮らそうと決意した完治だったが、冴子は完治の目の前で自ら命を絶ってしまう。
それから25年、釧路で国選弁護人としてひっそり生きていた完治の自宅に、弁護を担当した若い女性、椎名敦子(本田翼)が訪ねてくる。家族に見放され誰にも頼ることなく生きてきた敦子と、自らに罰を課すように息を潜めてきた完治。ふたりの出会いが少しずつ心を溶かしていき…。人生の終着駅だと思っていた釧路の街は、いま、ふたりにとって未来へ旅立つ始発駅となろうとしていた。