8月27日。今日は宮沢賢治の誕生日
8月27日は作家・宮沢賢治の誕生日。宮沢賢治は岩手県にある「やぶ屋」というそば屋で、サイダーと天ぷらそばをよく注文していたと言われている。
王冠栓のものが「サイダー」、玉栓のものが「ラムネ」
わが国における清涼飲料水の登場は、1853年(嘉永6年)に ペリー来航とともにもたらされた。同年7月8日浦賀に“黒船” が入港、艦に積まれていたレモ ネードが日本に持ち込まれたことがその始まりである。1860年(万延元年)には長崎在住の外国人がラムネの製造販売を開始し、 同65年(慶応元年)には日本人 による国産第1号の清涼飲料水「レモン水」の販売が開始されている。わが国初の炭酸飲料の誕生である。
その後、イギリスから輸入された“玉ラムネびん”を使った製品が大阪で発売され全国的に大流行し、1904年(明治37年)には横浜で「金線サイダー」が王冠栓で発売され、以来王冠栓のものをサイダー、玉栓のものをラムネとよばれることとなった。
一方、果実飲料は炭酸飲料誕生から約30年後の1897年(明治 30年)に、和歌山県有田郡において温州みかんを搾ってびん詰めにした“みかん水”が発売さ れている。しかし、殺菌方法が 厳格に確立されていなかったこともあり内容物が発酵し、びんの破裂事故などが発生。このことから製造・販売が中止され、 果実飲料が実質的に販売されたのは第二次世界大戦後である。 進駐軍による物資にオレンジジュースなどが含まれ、戦後間もない1949年(昭和24年)にはアメリカから「バヤリースオレン ジ」の輸入が開始され、清涼飲料水に果実飲料が実質的な仲間入りを果たすとともに、オレンジジュースブームが起きた。
(日本食糧新聞社『食品産業事典 第九版』(引用箇所の著者:一般社団法人 全国清涼飲料工業会 )