だから素敵! あの人のヘルシートーク 映画監督・河崎義祐さん

1997.05.10 20号 4面

今月の「ヘルシートーク」のお客様は、「青い山脈」「炎の舞」「スニーカーぶるーす」「プルメリアの伝説」などで知られる、映画監督の河崎義祐さん。このところ、新著の執筆、ボランティア活動など意欲的に活動中だが、実は少し前まで人生でもっともつらい時期を過ごし、仕事を休眠していたのだという。今回のインタビューでは、そこからの脱皮の道程と新しい人生のステージに生きる心境、近ごろの食事や健康法、映画づくりの現場裏話までをあますところなく語っていただいた。もしいま、あなたの身近に人生のブルーな中休みを経験している人がいたら、ぜひ伝えていただきたいきらめく言葉がいっぱいだ。

食事というのは生活の中でも本当に大切なものですが、これは映画の中でも人物の役柄を表現する意味で大切なんですね。

一番印象に残っているのは、私の第一本目の(監督作品)「青い山脈」。新人監督でじっくり計算した演出なんてやっていなかったら、劇団民藝の大滝秀治さんが突然、僕の腕をバッとつかんで「私の役は真から悪い人間なのか、それとも本来はいい人間なのだけれども周囲の影響で悪いことをしている人間なのか」と、目をじっと見ながら聞くんです。僕は人間を信じたい方だから「いや、もともとはいい人間なんですよ」と答えました。そうしたら「うーん」としばらく考えて、宴会でお刺身を食べるシーンで何ともいえないコミカルな演技をしたんです。大根の千切りのツマをとてもおいしそうに食べた。それを見て新人監督の私は「名優っていうのは、そこまで計算するんだな」と開眼した思いがしました。

それ以降、物を食べるシーンを非常に重要視するようになりましたね。食事のシーン、それからいわゆる濡れ場。この二つは面白いことに、よっぽど計算してやらないと、その人の素が出てしまうんです。その人の本当の生身が出てしまう。逆にいうと、そこでちゃんと芝居ができるのが、プロということなんでしょうね。

健康を意識して習慣にしているのは、ヨガ。週一回くらいの割で朝やります。きょうは重要な原稿を書き上げなければならないとか大事な人に会うという時は、一時間。まあまあでいいという時は三○分行います。

ヨガというのは本当に不思議なのですが、人間がいい状況のときの脳波のしるし、アルファ波がでるらしいのです。だから原稿なんか能率よくさぁっーと上がりますよ。さらに心の調和というか、攻撃的な部分と平和的な部分、これが実によく調和します。ヨガという言葉には「調和する、結ぶ」という意味があるそうです。精神と肉体を結ぶ。自然と人間を結ぶ。そういうことでしょうね。

私の仕事は何人かのスタッフや俳優さんとでひとつのものをつくり上げていくものです。単なる平和主義で「ああ、いいよ、いいよ」と譲っていたら、何もできない。どんどん自己表現しなくちゃいけません。そういう攻撃性、積極性も大事にしながらもみんなと調和する。こういうグループの仕事をする人にヨガはとってもいいトレーニングのようです。

いまでこそこんな風に快適に仕事も生活もしている私ですが、実はちょっと前、人生最悪の時代を経験しているんです。嫁入り前の娘と私を残して、妻ががんで逝ってしまって。「あと九○日」みたいなことを言われた時から半分気が狂いそうになりましたね。自分の伴侶が死んでいくのをすぐ側で見つめているだけで何もできないんだから。

この時の私を何とか支えたのは、なんと自分のつくった映画だったんです。評論家・大宅壮一さんの息子、大宅歩さんという人が三一歳で妻と子供を残して亡くなったのですが、その短かった青春を描いた「残照」という作品。「あとこれだけの命」と宣告された時に主人公とそれを見つめる親兄弟はどうしたらいいのか。それは一瞬、一瞬をしっかり生きるしかない。映画を撮っている時は、まさかこのテーマが将来自分の問題になるとは思ってもいなかったのですが。

そんなことを自分に言い聞かせ反芻しながら妻の死まで頑張りましたが、そのあと自分が生ける屍のような状態になってしまって。いえ、本人は一生懸命生きているのです。一生懸命生きているつもりなのですが、ものを食べてもおいしくないし、何を見ても感動しない。そんな状況が三年間続きました。

光の見えないどん底にいて、ありがたいのは友だちです。さりげなくも優しい電話や手紙。そんな中で一番、私の胸を打ったのは「娘さんが安心して結婚するためには、まずあなたが再婚することだよ」という言葉でした。「そうか。このままでは娘の青春が空費してしまうのか」と。小津安二郎監督の「晩春」にあるでしょう? 「お父さん、結婚するから」と偽って娘を嫁がせるというの。私もやりましたよ、それを。ところが映画と違ったのは私の場合、本当に再婚してしまったのですね(笑い)。

どうせ生きていくのなら、ちゃんと生きようじゃないかと。ようやくそういう気持ちになれたから、いまの家内に巡り合えたのか。それとも彼女が現れて、元気を取り戻したのか。うーん、そうだなあ。私の場合は好運なことにちょうどそれが一致していた感じです。運命ですね。「こんな人がいるよ」と紹介してくれた友だちにも感謝しています。

はじめに再婚なんて言葉を聞いた時には、生きる力すら失っている私にそんなことは現実にはありえないという気持ちでした。ところが自問自答しているうちに、またあの「残照」の中のセリフが浮んできたのです。大宅壮一さんの言葉でした。「息子よ、人生とはダブルヘッダーではないだろうか。人それぞれに差こそあれ、人生で二度の闘いがあるのではないだろうか」。私は自分のつくった映画に二度もピンチを救われているんですね。いまの家内の笑顔が私の目に映り始めたのは、その後です。

新しい心境になってから、私は自分の生きている世界をあえて宇宙と呼ぶことにしました。本業の映画をつくっていることも一つの宇宙だし、仲間と趣味でやっている油絵の会もコーラスの会も皆一つの宇宙です。

えっ多才? そんな、才能なんてないですよ。みんな素人芸です。それでもいろんな宇宙を持ってその一つ一つをやることによって、私の命を燃やすことができる。その宇宙の中でいろいろな人と出会って、エネルギーや勇気を与えたりもらったりする。つまり命の交歓ですね。例えば「不況でだめなんだよ」という人に「でももう一度頑張ってみよう」というエネルギーを分かちあげたい。そんな風に私も周りの人たちからあのとき命をもらったのですからね。

私は仕事柄、いろんな俳優さんとつき合いがありますが、立派な俳優さんはそこにいるだけで存在感があり、色気があり、魅力がある。それは何なのかというと、その人の持っている生命力なんですね。抽象的にオーラとか磁場とかいろんな言い方をするけれど、同じです。いい俳優さんほどすごく命が燃焼しているんだと思う。

その生命力のもとは食事だし、異性への情熱だし、その人の生き方、人生とどう向かい合っていくかということでしょう。一瞬一瞬をいかに濃密に生きているかです。お酒でいうと、薄い水割りの酒を飲んでいるか、濃いいい酒をぐぅーっと飲んでいるか、その差であると。濃いいい酒を飲むように、本当のいい人生を生きたいですね。

一九三六年福井市生まれ。六○年、慶応義塾大学卒業後、東宝(株)に入社。七五年、映画監督となる。冒頭の代表作のほか「挽歌」「あいつと私」「ウィーン物語・ジェミニYとS」など青春映画を演出。著書として「母の大罪」「光を浴びる日のために」「映画の創造」「父よあなたは強かったか」など。

河崎義祐さんが主宰する「銀の会」ではさわやか福祉(財)の後援を得て、4月からSDS(スクリーンデリバリーサービス)というプロジェクトを展開中だ。寝たきりのお年寄りや身体の不自由な方の自宅に、注文に応じて昔懐かしい名画をお届けするというもの。ただ単に映画の出前サービスを行うだけでなく、上映前後に映画づくりの裏話やその映画の時代背景を語り合い、映画を絆として人間交流を深めるという内容となっている。「もう会えないと思っていたオードリー・ヘップバーンや原節子にまた会えた。そんな喜びが共感できたら嬉しいです」(河崎さん)。

費用は一切無料。注文は洋画、邦画を問わず見たい映画をどうぞ。対象地区は、河崎さんの自宅のある横浜から車で行ける範囲。問い合わせ=045・943・4850

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