山の食事12カ月:ご飯がおいしい山小屋の秘密
青い空に白い雲。見慣れていた夏空が、なぜか透明感が増して奥深く感じられるようになると、いつのまにかもう風は秋の冷たさになっている。
と、ロマンティックな書き出しだけど、7月、8月の最盛期は、ひと月に二五日も山へ登ってしまう私たちには、ただせわしなく夏が終わってしまったということなのかもしれない。
今年も夏山は盛況だった。山小屋泊まりでは布団一枚に三人寝るということもあった。とはいえそんなひどい状況はシーズン中の二~三日のことだからそれほど心配することはない。
汚い、臭い、混んでるという情けない評判が多かった山小屋だが、最近は、より清潔に快適にと変わってきている。食事だってそうだ。
もともと高所で料理をするのは難しい。気圧が下り、水の沸騰点も低くなって最高水温が上がらなくなるからだ。
一○○m登ると気圧は一二・一hp下がるから、それにつれて沸騰点は約○・三三六度C下がる。平地なら一○○度Cで沸騰する水が、二○○○mにある山小屋では九三度C、三○○○mでは約九○度Cで沸騰してしまうということになる。だから高い温度で炊いた方がおいしく仕上がるはずのおコメ調理は難しい。何もしなければ芯のあるご飯になってしまって食べられたものではない。
こんな条件の中なのに「うちのご飯はおいしいぞ」と自慢するご主人もいて、そういう所のご飯は確かにおいしく炊けているのだ。かならずしも圧力鍋を使っているわけではないのに……きっといろいろと工夫した結果なのだろう。
「これは食べられませんが」と言いながら、三葉つつじの花びらをなにげなくお皿に添えた小屋もあった。そんなやさしさが伝わってきて、決して豪華ではないが和やかな夕食のひとときが過ぎた。
「おいしさって思いやりだよな」なんて、ちょっとセンチメンタルになってしまった初秋の夜なのだ。
(日本山岳ガイド連盟公認ガイド 石井明彦)