らいらっく人生学:「アリとキリギリス」はウソ?

1997.11.10 26号 18面

一週間ほど前、昔、同じ職場にいた後輩のY氏と先輩のU氏と3人で一夜、旧交を温める機会があった。2人とも去年6月の株主総会で役員をお役御免となり、自適の身である。現在の生活態度をみると、誠に対照的であり、それが現役時代の仕事振りと対応して興味深かった。

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まずY氏。筋肉質、長身で、インテリ・タイプではないが、重役としてそれなりの風貌を備えており、あるいはそれが役員になれた最大の理由だったのかもしれない。さしたる落ち度もないのに、一般の定年より二年も早い五八歳で非常勤顧問としてお手当だけ頂戴する身分となる。

「いまさら、じたばたしたって始まらないよ。この歳でいい就職口が見つかるはずはないし、自分で事業をやったって失敗するに決まってるしな。厚生年金に企業年金を合わせたら十分過ぎるほどだから……」。

Y氏は、会社を離れるやいなや、浮世の欲からさらりと抜け出したかのようである。都心のマンション住まい。ゆっくりとした朝食の後、自転車に乗って開店早々の一流ホテルでコーヒーを味わう。それから証券市場の前場が閉まらないうちに株屋の店頭に寄って、相場を眺めるが、滅多に売買に参加することはしない。それから日変わりで気に入りの昼食を簡単に済ませ、かねて狙いをつけておいた映画や舞台、展覧会、音楽会を楽しむ。午後6時頃には自宅に帰還する、といったところが通常の日課である。そして月一回のゴルフと二、三回の釣りないし旅行が加わる。

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それに引き替え、U氏は自宅に電話をかけると、だいたい本人が出てくるから、外出するのは稀なのだろう。新聞を数紙購読し、週刊誌、月刊誌を読み、時間が余ればテレビ、たまの散歩といった日々をおくっているらしい。

六○歳の半ばに達して、もともと肥満傾向だったが、さらにでっぷりとしてきた。政治や経済、社会全般、そしてかつて在籍した会社に対する関心は強く、悲憤慷慨して止まない。我の強いところは現役時代と変わらず、頭脳は明晰で再び世に出たい意欲は十分、と感じられた。

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Y氏の生き方は、定年後の人生案内書などにみられる理想例であり、筆者もかくありたい、と念じる一人である。ただし彼を知る友人は

「なんだ、そんじゃあ、現役時代と同じじゃねえか」

などと笑い飛ばす。そういえば、彼がデスクで熱心にパソコンに向かっているので、背後から覗くと、画面にはトランプや麻雀のパイが並んでいたりする。かといって担当していた組織がむちゃくちゃになった、といった風聞はなかったのだから、それなりの管理はしていたのだろう。

対するU氏は、強烈なリーダーシップで部下を率いるタイプで行動的。いかにも仕事師といった熱気を発散していた。それだけに現在の変貌ぶりが気にかかる。

『アリとキリギリス』のように、因果報応が働き者に味方しないところに、サラリーマン社会の妙諦がある。

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