環境は遺伝子に勝つ ハワイ島(ヒロ市) 適度な欧米食と日本食の維持

1998.01.10 28号 2面

いまから百年ほど前の昔、海洋民族の血が濃厚に流れる沖縄の人たちははるか遠くの国々に船を漕ぎ出して行った。行き先はハワイ、ブラジル、ペルー、チリ、アルゼンチン……。現在、海外で活躍している日系人の多くには沖縄人の血が流れ、その遺伝子を受け継いでいるとさえいわれる。世界有数の長寿国、日本の中でもナンバーワンエリアを誇る沖縄。長寿の遺伝子を持つ移民の人たちは、永住した土地でどのような健康状態で生活を送り人生を全うしたのだろうか。これを調べれば、一人の人間の元気や若々しさを左右するのは、持って生まれた遺伝子なのか、食生活などの生活習慣なのかの問いに答えを出すことができるはず。WHO(世界保健機関)の最新の調査結果からレポートする。

ハワイ島のニックネームはビッグアイランド。ハワイ諸島の中で最も広い面積を持ち、活火山キラウエアで有名な島だ。調査は島東側に位置するハワイ第二の都市、ヒロ市で行われた。この街は日本人移民の草分けの地の一つといわれる。当時は砂糖きび産業の担い手として移民を求められたものだが、いまではマカデミアンナッツや蘭の花の栽培が生業。“雨の街”の異名を持つほど年間降水量が多く、高温多湿な気候がそれらの栽培の好条件となっている。ハワイ島の北部には州全体の牛肉生産量の四○%を占める牧場があるので、肉も魚も豊富にある。

さて、そんなこの街での日系人の健康診断は一九八七年から一九九五年にかけて計四回行われた。対象は五○歳代前半から七○歳以上の高齢者の日系一世及び二世。結果は、かくして素晴らしいものとなった。「肥満も少なく、糖尿病もほとんどない。高血圧、高脂血症、脳卒中などの既往症率も良結果となりました」(WHO国際共同研究センター長・家森幸男京大教授)。

もともと、ハワイ日系人の平均寿命は日本人のそれをはるかに上回る、つまりその社会は世界最長寿集団であることは以前から指摘されてきた。一九九○年に日本人が達成した平均寿命に、ハワイ日系人は一九八○年にはもう到達していたというデータさえあるほどだ。今回の調査はその“ハワイ日系人の底力”をさらに証明することとなった。

「ハワイ日系人の食生活は、伝統的な日本食の維持と欧米食の適度な取り入れ、その調和が絶妙なバランスで行われています。これが成功の理由ですね」(同)。

具体的には、(1)タンパク質を肉食から十分にとる(2)あまり塩辛いものを食べる習慣がない(3)塩の害を防ぐカリウムや食物繊維を多く含む果物や野菜をふんだんに食べる--これらの欧米食のメリットを受け入れ、逆に(4)豆腐や味噌汁など大豆を大切にする(5)刺身も含め魚を積極的に食べる(6)海藻も積極的に食べる--という日本食、沖縄食文化の長所をも保持している、こんな風にまとめることができる。

伝統的な日本食の数少ない欠点は、タンパク質量の少なさ(肉食の少なさ)、塩分のとり過ぎなどだが、それがもっともいい形でカバーされた格好だ。

調査隊は、沖縄からハワイに移住した人の定番料理を知ろうと、日系二世の家庭を訪れている。その食卓に並べられたのは、チャンプルー(豆腐、にがうりの炒め物)、足ティビチ(昆布と大根で豚足をじっくり煮込んだもの)など沖縄の伝統食に、ラウラウ、ロミロミサーモン、ポイといった地元のポリネシア料理が混在した、まさに沖縄・ハワイ折衷メニュー。鰹の刺身もあったが、これははたしてどちらに属するものだろうか。とにかく、素材としては土地の山海の恵みを存分に生かし、料理法はふるさとのテクニックを忘れず、新規のものも果敢に取り入れる。その新しい食文化にハワイ日系人の長寿の原点をみる思いがしたという。

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