イギリスの食事には意味がある・理由がある

1998.11.10 38号 2面

「住居や庭は素敵だけれど問題は料理」。日本でイギリスについて広く伝えられている情報だが、はたして食べてそう評価を下した人はどのくらいいるのだろうか。ロンドンにおいても英国食の専門店はまず少なく、従って「本当のイギリスの味」は家庭料理や田舎の宿屋などでなければ味わえないのだという。

その特徴は、材料の持ち味を余すところなく生かした素朴な温かさ。シンプルでヘルシー、滋養たっぷりとあればむしろ百歳元気の食卓研究には好テキストといえそうだ。

まずは一日の食事スタイルのお話から始めたい。健康食事術の基本、「日に三回キッチリ食事をとる」現代の習慣は産業革命がいち早く起こったこの国から整ったようだ。

ことに何より朝食に充実したメニューを揃えるのがポイントだ。同じヨーロッパでもフランスやイタリアなどの南部は朝はコーヒーとパンだけの「コンチネンタル(大陸式)・ブレックファースト」で済ませ、代わりに昼食に力を入れその消化のため昼寝の時間をとったりする。朝食をしっかりとるイギリス方式では昼のランチを手早く済ませ、すぐに仕事に戻ることも可能。

もちろん現地の気候風土の違いもあり一概にはいえないが、日本で洋食の朝ご飯を取り入れるならぜひ働き者型のイギリス方式を模範としたいものだ。

オートミール(オート麦)のポリッジ(おかゆ)やコーンフレークスなどのシリアル(穀物)類もまた朝食用のレギュラーメンバー。「メアリー・ポピンズ」のお話ではこの家の子供たち用の朝ご飯として登場するなど、どうも大人向けでないイメージがあるが、食物繊維・ミネラルが豊富で、実は糖尿、肥満などの成人病対策に大変効果的。最近は電子レンジを使えば一分でポリッジが出来上がるものもあるので活用したい。

イギリス文化の神髄を語る時、必ず登場してくるヴィクトリア朝時代、ロンドンはベーカー街にお住まいの二人の紳士たち、といえばそう、あのシャーロック・ホームズ氏とその助手ワトソン博士だ。

コナン・ドイル著の物語でこの家の家政婦となっているハドソン夫人の自慢メニューがまとめられている「シャーロック・ホームズ家の料理読本」(ファニー・クラドック著 晶文社)という楽しい本がある。もちろんこれも人気料理研究家による創作で、必ずしも大本のストーリーに厳密に材をとったものではないが、当時のイギリスを想像する一風変わった家事のヒント集として面白い。

例えば、「炭酸ソーダを入れた冷水を変質したバターに注ぐと新鮮な良い香りに戻る」「生の卵白をレモンの表面に二回塗ると長持ちする」など、へぇーっと思わせるイギリス版おばあちゃんの智恵袋的情報がたくさん掲載されている。

時代の流れの中でイギリスの食生活スタイルも何度か変遷している。下表は現代の典型的パターン二例。(a)は農村、漁村など地方部や自営業の家庭の形で、量・質とも一番のメニューを昼に食べ、遅い時間の晩ご飯は消化の良い軽い物を食べるのが特徴。(b)は会社員家庭などの都市型で、私たちの食生活に近い。

家族全員揃うことができれば、(a)のように一番のごちそうをこれからまだ半日頑張らなくてはならない昼にとるというのは確かに理にかなっている。カロリー調整にも大いに役立ちそうだ。

どちらにしても朝食とお茶の時間を大切にするのは変わらない。

イギリス料理専門店が少ないのは、調理に時間がかかりサーブするタイミングが難しいオーブン料理が多いからともされる。メニュー名でいうとロースト、パイ、キャセロール(耐熱性の陶器をオーブンにそのまま入れる料理)のシチュー、パン、ケーキなどなど。主菜には肉・魚が使われることが多く、必ず温野菜が添えられる。

その素材自体の持ち味と時間に頼る調理法にはハーブにスパイスなどの影の立て役者の存在がある。

ハーブは家庭の庭先で育て、塩漬けの肉の臭い消しなどに使われて次第にその薬効も料理に結びついた。これに対し、異国の香りのスパイスは中世期イギリス人が七つの海の探検家となって以来の伝統で、どの家庭のキッチンにもジンジャー、シナモン、クローブ、メース、ナツメグ、オールスパイスの六つが入る「スパイスボックス」がある。

収穫物がなくなる長い冬も豊かに暮らせる智恵として、保存食が実に充実しているのもイギリス食の特徴といえる。物語の主人公たちを見ても、「くまのプーさん」は、戸棚の中の蜂蜜を何より大切な宝物にしているし、「のばらの村の物語」には、一年中、保存食作りに明け暮れているネズミが登場するなど、いかにイギリスの食生活にとって保存食が重要なものか伺える。ここでは特にヘルシーメニューに役立ちそうな物を中心に紹介したい。

●ウスターソース

ウスターという町に住むリーとペリンの二人の薬剤師によって作られたので、「リーペリンソース」と呼ばれる。「インドにあるものと同じ味のソースを」という依頼で、酢と大豆と蜂蜜をベースにアンチョビー、チリー、胡椒、生姜、ニンニクなど二〇種以上ものスパイスから配合。東インド会社の全盛時代に人気が高まり、現在でもキッチンの定番だ。トマトジュースなどの飲料に入れたり、ミートローフなど肉料理に混ぜ込んだり、用途はいろいろ。

●キャラウエーシーズ

シーズは植物の「種」の意。種を用いるスパイスとしてはフェンネル、マスタード、ディルなどいろいろあるが、単に「シード・ケーキ」というとこのキャラウエーを用いたケーキを指すほど代表的なもの。

食後に噛むと消化を助けるとされ、焼きリンゴと合わせたデザートなどがポピュラーだ。食欲不振、下痢、駆風によいとされる。一五世紀の「医薬処方書」にはすでにキャラウエー、アニス、シナモン、胡椒、コリアンダー、クローブなどを混合した粉末は、頭を良くし頭痛を治し視力を増し消化を助け、腸内のガスを排出する」とはっきり効能が記されているという。

●アンチョビー

夕食を軽い夜食とするパターンもあることから、イギリスのお茶の時間にはかなり食事的なサンドイッチやトーストが登場する場合もある。カタクチイワシ科の小魚を塩蔵してオリーブオイルに漬けたアンチョビーはこんな時の定番素材。生のままやペーストをトーストやサラダ、マリネにとバラエティーに富む使い方をする。魚を内臓まで丸ごと使い切ったものなので複数の栄養素が期待できる。塩分は強いので少量を効果的に用いたい。

●ドライフルーツ

レーズン、イチジク、プルーン、アプリコットなどいずれもミネラル、特にカルシウムが豊富。お菓子の材料としてももちろんだが、朝食にコンポートにしてフルーツ代わりとしても。プルーンに熱い紅茶を注ぎ一晩置いた「プルーンの紅茶漬け」は酸味の効いた一品で、胃袋の目覚ましには最高。鉄分、カリウムが豊富で便秘に特効も。

●チーズ

実はイギリス人もフランス人に負けないくらいのチーズ好き。チェダー、チェシャー、スティルトン(青かびチーズ)が英国三大チーズ。チーズソースをたっぷりかけたトースト、「ウェルシュレアビット」はパブでも家庭でも作られる人気メニュー。鍋にバターを溶かし、すり下ろしたチェダーチーズ、粉末のマスタード、ウスターソース、ビール、黒胡椒を入れ、スプーンで混ぜながら溶かしたものをカリッとしたトーストに塗り、オーブンに入れチーズに焼き色がついたら出来上がり。

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