だから素敵! あの人のヘルシートーク:俳優・矢崎滋さん
中年男性のせつない渋さ、真面目なおかしさを演じて定評のある俳優、矢崎滋さん。イギリスの軽演劇の味を日本の舞台に取り入れて活動中だが、ここのところは日本の古典、落語にハマりこんでいるとのこと。そのこころはいかに?忙しい役者業の中での元気のキープ術も合わせ、インタビューした。
昨年の秋から、主宰している劇団「東京芝居倶楽部」の仲間と「しろうと寄席」を展開しています。落語は子どものころから大好きで。親戚が集まった席で柳亭痴楽の物マネなんかして、喜んでました。だから本日の演目の「しじみ売り」もネタとして勉強したのはここのところですが、落語全体としてはずーっともう三〇年以上、身体の中では熟成していたというところはある。それが溢れ出てきて、いま夢中になっているという感じで。
でも、どうしていま落語かっていうと、“昔から大好きだった”というだけでなく、状況に対する危機意識みたいなのもすごくあるんです。景気が悪くなって、世の中これからますます簡素になっていきますよね。そうした場合、芝居も少人数のものの方がいいだろうし。一人で行って道の真ん中でちょっとしゃべってくるっていう芸を磨いておかないと。俳優といってもテレビという媒体がいつまでお世話してくれるか分からない。一番最初に娯楽的なものはカットされる、そういう流れは来ているなって気がします。
また、どうしても映像というのは情報量が多い。僕は五情報、六情報って言い方してるんですが、例えばテロップ(字幕)が出て音楽が流れて、レポーターの人がしゃべりながら歩いて、さらに画面のスミの一部にはスタジオで見ている人の顔を写して……。ただテンポアップすることだけで、終わってしまう。それについていけないという気分もあります。対して、落語というのは非常にゆっくりした芸なんですよね。一人で勉強もできる。
元来、はすからひねくれた目で見る癖があるんです。東京生まれの阪神ファンだし。でもこれが当たる場合はものすごく当たる。僕、五年くらい前の雑誌の連載で、コンピューターの二〇〇〇年問題、指摘しているんですよ。まぁ、ハズれる場合もひどいですが……(笑)。
三〇歳を過ぎたころから、イギリスという国に対して大変興味を持つようになったんです。キッカケは、競馬。ディック・フランシスの競馬小説からです。憧れて憧れて一〇年以上、四三歳にしてやっと一〇カ月の休暇を取ってイギリス遊学。それから何回か、昨年夏にも劇団のメンバーを引き連れて、彼の地を訪れています。
イギリスという国は、図々しいほど古いものを大事にして、新しいのものに迎合しない国なんですね。人間にしても若い人より年配者を尊重する。工場で人員整理するにも、若い人から始めるそうです。古い建造物は壊さないですしね。培ってきたものとか積み上げてきたもの、文化とか伝統とかを本当に大事にします。
落語とか、映像離れとかのいまの気分も、そんなイギリスの影響も随分あるんですね。質実剛健なイギリスを自分なりに研究したおかげで、一体何が自分にできるのかってことを考えるようになって。
それにしてもいまの日本という国はのんびりしているな、と思いますよ。不景気って言いながら食べ物を残している国なんてないですから。ヨーロッパではフランスとドイツとイギリスが握手してなんとか状況を乗り切っていこうとしている時に。もしかしら、この国は江戸時代の鎖国という方法が向いていたのかな、なんて思いますね。落語を始めて気がついたんですが、三〇〇年近くある徳川時代はそれ以降の時代に比べて物価が安定していた。一両の価値が、いまのせいぜい二万円から八万円くらいにしか変化していないようです。明治・大正・昭和・平成の円の変化っていったらとんでもないでしょう。そのくらい時代が遅れちゃった。西洋が入ってきて、そしゃくの混交文化をつくったつもりでいたんだけれど、ベースをないがしろにしちゃったんで、訳分かんなくなっちゃった。閉じながら拾うものは拾っていた鎖国っていうやり方の方が、向いている国民性なのかもしれませんね。
仕事の商売道具だから、身体の調整には気を使っていますよ。でも落語のネタにもあるんですが、元気と健康とどっちが大事かっていうと、僕は元気なら健康はどうでもいいわけです。ほら、「元気でね」って言うでしょ。「健康でね」とは言わない。元気なら健康かもしれない。でも健康でもわざと病気を探したりして元気じゃない人もいる。
で、どうやったら元気でいられるかという方法ですが、これはもう何より好きなことにまい進してストレスを溜めずにいれば元気でいられます。落語、イギリス旅行、競馬、そしてこの東京芝居倶楽部、好きなことばかりやってますからね。それから急に気が変わって、例えばこの前まで「イギリス!イギリスの軽演劇!」と言っていたのを「落語!」と言い出すことに、僕は照れない。こういうのもストレスを溜めない秘訣になっているんでしょう。
あと、自分の体重がちゃんといえるというのはあるな。毎日測っていますから。ホテルでもヘルスメーターを持ってきてもらいます。僕は長く寝た方が体調が良くて、理想は九時間睡眠。これだけ睡眠時間がとれれば寝汗をかく方なんで二キロ痩せます。六七キロで寝て六五キロで目覚める、これができているのが理想なんです。
でも眠る前にすでに理想じゃない時もある。そんな夜はどんなにラーメンが食べたいなと思っても我慢。空腹で眠れない時は夜食に牛乳をかけたシリアルを食べてしのぎます。これだと二〇〇グラムしか増えない。こうやって管理しているので、三〇歳くらいの時から、ジーパンのサイズは変わりません。ウエストが苦しい時もありますが、絶対に食事の時にボタンを外さない。苦しいということはいまは食べてはいけないということだからと夕飯で調整し、朝結果を出す、このパターンです。
俳優の諸先輩には七〇歳、八〇歳で元気な人はたくさんいるし、歳をとってもその年代なりの元気さみたいなものはつかめるんじゃないかと思う。元気の方はそんな風に管理して、芸の方ではね、セリフが分かんなくなるような領域、つかみたいですね。落語で本当に面白いのは志ん生さんの何言っているのか分かんないようなのですよ。「お前さん、ダメだよホント、どこのだれだか知らないけれど」なんて、これはおっかしいですよ、最高に。そういう落語、いつかやってみたい。いまやったら絶対あざといでしょ。
なぜかって言うと、それは蓄積あってのことだから。だから、いま一生懸命若い落語家さんに負けないくらいの勢いで、新ネタ仕込んで奮闘しているんです。
◆矢崎滋さんのプロフィル
1947年東京生まれ。68年、東大英文科を中退し劇団四季に入団。その後、井上ひさし氏の『小林一茶』『イーハトーボの劇列車』で主役を演じ人気俳優に。87年から東京芝居倶楽部を主宰。著書に『ボクの、こだわり』(文化出版局)、翻訳に『映画の演技』(劇書房)。NHK「クイズ日本人の質問」に出演中。