ようこそ医薬・バイオ室へ:院内感染って何が感染するの?

2000.10.10 62号 6面

ある日、新聞を見ていた妻が、

「院内感染って、何が感染するん?」と聞いてきた。

「一番問題なのはMRSA」と言うと、

「は? なんて?」

「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌」

「な、なんて?」

どうもたまに耳にはするが、MRSAが何なのかサッパリ分からないらしい。簡単に説明すると、メチシリン(抗生物質の一種)が効かない(Methicillin-Resistant)黄色ブドウ球菌(SA)のことで、メチシリンだけでなくほとんどの抗生物質が効かない菌である。黄色ブドウ球菌自体は鼻孔や肌などにいる無害の菌なのだが、病院や老人ホームなど、抗生物質が多く使われるところでは、抗生物質に強い菌が偏在している。特に、手術後の抵抗力が落ちた患者や老人や子供など免疫力の弱い人が感染症を引き起こすことがある。

最近の新聞報道では、MRSAだけでなく、セラチア菌やプチダ菌、レジオネラ菌などで院内感染による死亡事故が続いている。今年7月には大阪府堺市の病院で、セラチア菌により七人が死亡し、昨年の7月にも東京都墨田区の病院で、同菌により五人が死亡している。

愛知県豊橋市の病院では、今年6月にプチダ菌とセラチア菌で六人が院内感染し、そのうち七〇歳代の女性患者が死亡した。この原因は、滅菌したと勘違いした注射針を誤って再び使ってしまった医療ミスによることが判明している。同じくこの6月には、名古屋市の病院で、病院内の二四時間入れる展望風呂に入り、レジオネラ菌肺炎で七〇歳代の女性が亡くなっている。かつて二四時間風呂で問題になった菌である。

手術後にMRSA感染で亡くなることは後を絶たず、最近は多くの病院で「院内感染委員会」などを設けて、対策を練ってはいるが、具体的なアクションを起こそうとしても、超多忙な日常業務の合間をぬって行わなければならず、しかもその対策費には保険が適用されないので、「気をつけよう」の精神論で終わる場合が多い。

しかし生死にかかわるものではない簡単な手術を受けて、術後にMRSAに感染して、アッという間に夫を亡くしたり、子供を亡くしたりした家族の無念さは想像に絶する。このやりきれなさを社会問題と絡めたものに、富家恵海子著「院内感染」「院内感染ふたたび」「院内感染のゆくえ」(河出文庫)の三部作がある。富家氏の夫は食道静脈瘤を切除するために夏休みを利用して入院した。ポピュラーな手術なので、すぐに退院できると思っていたが、術後MRSAに感染し、入院二カ月後に帰らぬ人となった。手術は成功したのに、「なぜ夫は死ななければならなかったのか」を痛切に追い求めた書である。

病気を治そうと病院に行って、逆にこれらの感染症で命を落とすという、患者と患者の家族だけでなく、医療従事者にとっても辛い結果を招く。院内感染対策をどれだけきちんとやっているかが、今後病院を選択する大きな基準となるであろうし、そのための情報開示も求められていくであろう。

一方、明るいニュースとしては、今年4月に、アメリカでMRSAやVRE(バンコマイシン耐性腸球菌)に効くといわれる新しい抗生物質ザイボックスが認可になった。米ファルマシア・アップジョン社が開発したもので、わが国での認可が待たれる。

今後は、もし自分や家族が手術を受ける時には、手術の成功はもちろんのこと、「術後の感染症にも十分注意して下さい」と医師にうるさく言うのも手かもしれない。言ったからどうというものではないが、相手も人間だけに、言わないよりも少しは気をつけてくれる、かもしれない。

(新エネルギー・産業技術総合開発機構 高橋 清)

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