鮎のおいしさ・その秘密 豊富な栄養は内蔵病にも効く
現代っ子たちの無感動・無表情・無感情の原因は、食べ物の無旬化にあるといわれる。
私たちが旬のものを食べるということは、その高い栄養効果が身体のためになるのはもちろん、脳のためにも有用な働きをする。たとえばやっとの思いで手に入れた旬の天然鮎を大事に大事に味わうとする。まず、目で鮎のみずみずしい姿を見て、鮎の棲む涼しげな水辺を思い起こす。炉端で塩をふられて炭火で焼き始めると、耳と鼻がジュウジュウと焼ける音と香ばしいにおいを感知する。さんざん焼き上がるのを待ち望んだあと鮎を口にすると、唇に触れ、歯で噛みしめたあと舌が味覚をキャッチ。そして飲み込む喉ごし。味覚・嗅覚・聴覚・視覚・触角・温覚、あらゆるところで感じる快感を“おいしい”というのだ。ついでに、こんな素晴らしいものに出会わせてくれるに至った人たちへの感謝の念を覚える。旬の食材は、私たち人間ならではの精神作用を正常に働かせてくれ、日本人ならではの感性を養ってくれる。
鮎、たらの芽、さんしょうなど…この時期の旬の味覚のポイントは苦味と香り。しかし、一般的には苦味は幼児の嫌う味だ。どうして大人たちはこれをもっておいしいというのだろうか?「舌で感じる味は“塩辛い”“甘い”“酸っぱい”“苦い”“旨い”の五つと考えられている。その中でも塩や砂糖などは人間が生理的に受け付けやすい味であるのに対し、苦味は、もともと毒物や腐敗物であることを示す味で一般には好ましい味ではなく、食品に苦みが少量存在することで料理の味が引き立つことはあってもわざわざ苦みを出すための調味料はない。コーヒー、ビール、日本茶、山菜などの苦みをおいしいと感じるのは何度も経験した上でのことなのだ。
この時期の旬の食材特有のほろ苦さは人生の苦汁をなめた経験豊富な人にしか理解できない“大人の味”なのかもしれない。
しかし「どうせ残すから」といって、子供には子供の喜ぶものだけを与えていてもよいのだろうか? 東京都立神経病院・栄養課長の岩谷幸紘氏は、「幼児期にいろいろな味を経験して覚えることは大人になってからの食生活を豊かで積極的なものにします。なぜなら、六〇歳を過ぎると味覚は衰え、味を感知しにくくなるから。もともと味覚や嗜味の幅の狭い人は、年とともにさらにいろいろな食品を食べることができなくなり、偏食を進め、食欲不振、末には栄養不足を招くことになってきます」と言う。
吐き出すこと覚悟で子供たちも味体験をさせてみることは、そのあとの長い人生を豊かにするのに大切なことなのだ。毒を吐き出すのは人間として正常のリアクションなのだから…。
ところで野性の肉食動物は魚でも何でも獲物をしとめると、まず目玉やはらわたを食べ、肉はあまり食べない。一番おいしい部分・栄養のあるところをちゃんと知っているのだ。人間でモツやワタのたぐいを好んで食べるのは食通に限られるが、臭みのない鮎のはらわただけは例外という人も多い。魯山人は、鮎について「はらわたがなければ意味がない」とまで言い切っている。
鮎のはらわた(うるか)にももちろん豊富な栄養が含まれている。腹の具合の悪いときなどにもまずうるかをなめる。とくに慢性の内臓病に効く。強壮剤としての効果もある。また、京都の舞妓さんたちはうるかを食べると汗が着物についてもしみになりにくいといい欠かさず食べていた。野良仕事をする人も汗が目に入らないと重宝した。
鮎は多くの地域の人から、「アイ」と呼ばれることからもわかるように、最も日本人に愛された魚。「春生じ、夏長じ、秋衰え、冬死す」という年魚としての潔さゆえか、その姿形の美しさゆえか、香魚とも言われるほどの香り高いおいしさゆえか、川魚の王様として日本文化のあらゆる分野に登場してくる。俳句、絵画、彫刻はもちろん、鮎の料理法や保存法の種類の多さは日本民族の鮎文化の古さを物語っている。
毎年大人気の季節限定駅弁・鮎鮨、琵琶湖の有名な土産もの・鮎の飴だきや甘露煮、さらに貯蔵のきく食品としては、鮎の粕漬や味噌漬もあって、挙げていけば限りがない。
又やたぐひ長良の 川の鮎なます 芭蕉