山登りは生活習慣病予防の王者 低酸素の中を歩けば脂肪燃焼量が増える
三浦雄一郎さんは今回のチョー・オユー峰遠征のために、鹿児島県の国立鹿屋体育大学の山本正嘉助教授の指導で、高地同様の低酸素状態を人工的に作り出すシミュレーターでトレーニングを繰り返した。登山医科学の第一人者とされ、自らも山男である山本助教授は、かねてから「登山は健康の増進につながる」と提唱している。どうして山が私たちの身体にいいのか、インタビューした。
‐‐山に登ると健康にいいという実例があるのでしょうか。
健康・長寿関連の有名な書籍にハーバード大学A・リーフ教授著『世界の長寿村』があります。リーフ教授が訪ね歩いた世界に点在する長寿村は、ヒマラヤやアンデスなど標高の高い所にある。また人々はそこで農業などの肉体労働をして、栄養の摂取量が少ない暮らしをしている。この成立条件は山登りにそっくりです。荷物を背負って坂道を歩くのは農業の労働に似ているし、持っていく食べ物も制限されます。日常的に山登りをすれば長寿者になれるということになります。
‐‐登山はどんな疾病に有効ですか。
現代社会の病気の主流は、高血圧・動脈硬化・心臓病・脳卒中・糖尿病などの生活習慣病、その最大原因は運動不足と栄養過剰です。だから別名「運動不足病」とも呼ばれています。運動不足と栄養過剰とが重なると、体内がエネルギー過剰の状態になる。すると余ったエネルギーは脂肪となって身体に蓄積される。脂肪の一部はコレステロールとなり、血管の壁に沈着し動脈硬化が起こる。血管が狭くなるので高血圧も起こってくる。血管が詰まることが心臓で起これば心臓病になり、脳で起これば脳卒中になる。
この悪循環を絶つには適切な運動、それも有酸素運動(エアロビクス)が有効です。ダッシュのような無酸素運動(アネロビクス)では炭水化物しか燃えませんが、有酸素運動をすれば脂肪と炭水化物が半分ずつ燃やされます。また、脂肪を燃やす時には酸素が必要になるので、酸素を取り入れる呼吸循環器系を活発に使うことになります。励行すれば血管にコレステロールが沈着するのを防ぎ、すでに沈着したものを取り除き、血管を太くまた数を増やすのにも役立ちます。
‐‐数ある有酸素運動の中でも、登山がいいのですか。
私が強調したいのはそこです。有酸素運動にはジョギング・ウオーキング・水泳・自転車などがあります。登山はウオーキングの一種だけれど、それを低温・低酸素の山岳環境で行うことで、通常の環境に比べて脂肪の燃焼量が増えることが知られています。山岳環境といっても、別に海外の四〇〇〇メートル以上の山でなくてはという意味では全くありません。国内の一〇〇〇メートル程度のエリアでも十分効果が得られます。
また、有酸素運動は(1)強度が比較的低い(2)長時間行う(3)運動様式が規則的‐‐が共通点ですが、裏返せば単調そのもので、せっかく始めても三日坊主で終わってしまいやすい。登山はその欠点をクリアしやすい。下界でのウオーキングならば一日にせいぜい一~二時間が限度だけれど、登山なら最低でも二~三時間は歩く。泊まりがけならそれが何日も続く。それだけ長く歩いても、景色を眺めたり動物や植物を観察したり、仲間と話をしたり一人で考え事をしたりして、飽きることがない。
私は登山はウオーキングの長所をより大きくし、短所をより小さくした理想的な運動だと考えています。ひもじい思いをせずに脂肪を減らしたい人は、山に行くのが一番でしょう。
‐‐目標を達成するには、登山の中でどんな食事を心掛けたらいいのでしょうか。
脂肪を燃焼させたいからといって食べないで登山を続けるとバテる、俗にいう「シャリバテ」という現象が起きます。車のガソリンにあたる登山に必要な燃料は、食物栄養素の中の炭水化物と脂肪で、これを酸素によって燃やし、その時に出てくるエネルギーで筋を動かします。脂肪は莫大に貯蔵できますが、炭水化物は一定量以上は蓄えることができず、余った部分は脂肪に変えて貯蔵されてしまう。つまり炭水化物は、食いだめはできないのです。
また、炭水化物は脂肪と混ぜ合わせなくても燃えるけれど、脂肪は炭水化物と混ぜ合わせなければ燃えないという性質があります。だから炭水化物がなくなってしまえば脂肪がいかに多量に残っていたとしても、筋は動かなくなってしまう。これがシャリバテです。気むずかしい燃料である脂肪をいかに上手に燃やせるか、そのカギを握るのが効果的な炭水化物の補給なのです。
◆プロフィル
教育学博士。東京大学教育学部体育学科、同大学院卒。同スキー山岳部で自ら登山を行いながら、筋の持久力や疲労の問題など運動生理学を研究。主な登山歴は、1980年シヴリン北稜(初登攀)、1981年アコンカグア南壁、1995年チョー・オユー(無酸素登頂)など。