だから素敵! あの人のヘルシートーク:聖路加国際病院理事長・日野原重明さん
91歳の現役医師である日野原さんは、現在も30歳代の頃と全く変わらないスケジュールで激務を精力的にこなしている。自身が理事長を務める病院での診察、スタッフへの陣頭指揮、遠隔地への往診、その他の文化活動‐など、その底力はどこからわいてくるのか。それはどうも、氏の心の有り様と生活習慣に根本があるようだ。昨年、都内で行われた『第1回癒しと安らぎのフォーラム』での「環境」に関しての講演に追加取材し、日野原さんの提唱する「内なる健康感」や今後の医学の向かうべき所を伺った。
一昨年、一〇五歳で亡くなられた日本画の小倉遊亀先生を、私は先生が九〇歳の時から月に一度往診していました。糖尿病がひどくなって、一時、意識がなくなり入院されました。医者から再三「血糖値を下げるように」と言われ続けて、そのうちに元気がなくなり、絵を描くこともなさらなくなってしまったんです。先生は結果的に一〇〇歳を超えるまでに生き延びた、ものすごい生活力を持っている人です。当時からしてそれが感じられました。そういう人には個別的に対応しなくてならない。若い人と同じように制限するのは問題だと思いました。
そこで本人の本来の環境に戻っていただいて、私が代わって往診させていただくことになったわけです。北鎌倉の自然を描くのに恵まれた環境の中でね。人間的に生活をするためには環境はとても大切です。どこに住むか、何を食べるか。食事も環境なんですよ。外から入ってくるのだから。それを制限してはいけない。
私はまず先生に、「そんなにきつく制限なさらずとも穏やかに。時々は甘いものをどうぞ」と申し上げました。往診のたびに先生は私にお菓子を勧められます。きっと自分も召し上がりたいはずですから、私はひとついただく。と、先生も一つ召し上がる。そうして満足なさるわけです。そのうちに月に一度の私の往診を先生が待って下さるようになりました。その時にちょっと羊羹などを一緒に自分がいただけるという気持ちが、先生に「希望」を与える。血糖値は依然として高かったのですが、そのうち一度は置いた絵筆を、またお取りになられました。
医師にはそういう役割もあるんです。厳しい線は守りながらも、もう少し融通をつけて、アプローチする。数値上「こうでなきゃ」と杓子定規になることより、ご本人が健康感を持った生き方をしている、それが大切です。検査機器に「病人」と判定されようとも、私たちは生き生きと生をまっとうすることができます。健康であることと、内的に健康感を持っていることは別です。
九一歳になる私の心臓を念入りに調べたなら、動脈硬化はあるに決まっています。それでも私はどんな朝もさわやかに目覚めます。すがすがしい健康感がある。暑ければ暑さに対応する。睡眠時間が足りなくても、いまが踏ん張り時ならば気力で乗り切る。ストレスを受ければ上手にかわす術を見つける。歳をとったために身体の動きに支障が出てきたら、そのことに注意して行動する。変化に上手に対応できることは、健康であることの証の一つです。
人間という言葉には「間」という文字が入っています。人と人、他人との関係においてその人が存在するからです。一人の人間は存在しません。だからその人を考えるには、関係を考えなくてはならない。その中に私たちの愛情・文化・自然がある。
人間は二つの環境で生きています。一つは外の環境、もう一つは身体の中の環境です。
まず外の環境のお話です。音楽でも美術でも彫刻でも、芸術というものは人間的な能力において自然を表している。それだけ自然を感じられる環境が大切ということです。
例えば、何回か視察に行ったドイツ。自然をとても大切にしていて、法律上木をむやみに伐採できないので、工場すら森の中にある。だから病院もホスピスももちろんです。対して日本では、住宅を造るため伐採して自然を壊してしまう。土地が狭いので仕方がないという部分はありますが、カナダなどで行われている方法もある。自分の家の庭の木を一本切ったら、どこかに木を一本寄付して植えなくてはならないんですね。そうして木の全体数が減ることを、国全体が制止して厳しく自然環境を守っているんです。
病人は、健康人以上に感性が高くなっています。何でも食べられる、運動できる元気な人よりも、もっと感性を豊かにする「間」、つまり良い環境が必要です。病院は、そこで病む人が住むんだということを配慮した環境に建設されるべきです。
そして二つ目の内なる環境。これは私たち自身がつくらなくてはならない。親が子供に伝えなくてはならない。病む人間は自分の心の環境をどういうふうに良くしていくか。癒しの方向に持っていくか。それは、自分の心の中に、小さくてもいいから希望を持つことです。希望はあまり多くは望みません。いわゆる身のほどを知った上で望むもの。いまあるものの、あることに感謝し、「その半分でも満足です」といえる控えめさを持っています。同じ「望む」でも、ないものを無理にでも手に入れようとする「願望」とは大違いです。
例えばね、私が回診に行く神奈川県内にある、あるホスピス。ここでは日本中のどこよりも早く季節が巡ります。建物のいたるところを飾る京都百景の絵が、常にワンシーズン先のものだからです。春にはまばゆい深緑が、夏には紅葉する山々が、秋には白銀の木立が、そして冬には満開の桜が一面に広がります。紅葉の絵を見て、患者さんがいままで過ごしてきた様々な秋を思い出し、「あの秋をもう一度」と待ち望む気持ちがわいたならば、その気持ちが今日一日を生きようという希望につながるかもしれません。人は最後の瞬間まで、生きる希望に支えられるべきものなのです。
ホスピスで一番大切なことは、単なる施設でなくて心を支える人が、看護師さんがそばにいてくれること。人がそこにいないとダメです。「間」の中にね。日本の医療従事者の数はアメリカに比べて三分の一で非常に少ないんです。どうしても人の数を増やすことが必須です。
日本では教育や福祉・医療などの改革が、法律ができると止まってしまう傾向があります。ハンセン氏病の問題解決には一〇〇年近くかかりました。実際には新しい法律は五年しか持たない。時限立法にすれば変わると思います。若い医師を中心にもっともっと革新的な考えで、行動していかなくてはなりませんね。
●プロフィル 聖路加国際病院理事長・同名誉院長 日野原重明さん
ひのはら・しげあき 1911年山口県生まれ。37年京都帝大医学部卒業。41年聖路加国際病院の内科医となり、内科医長、院長代理、院長を経て、現在同院理事長・同名誉院長、聖路加看護大学理事長・同名誉学長。99年文化功労賞。
早くから予防医学の重要性を指摘したほか、ターミナルケア(終末期医療)の普及、医学・看護教育などにも尽力。「患者参加の医療」を唱えたり、「習慣病」という言葉を生み出すなど、常に医療の変化の先を走ってきた。最近は75歳以上の健やかな「新老人の会」を提唱する。














