ほっとコーヒータイム(54)コーヒー文化を広めた名文
「天災は忘れた頃にやってくる」の名言で知られる物理学者で文筆家の寺田寅彦博士(明治11年~昭和10年)は無類のコーヒー好きとしても有名でした。彼の随筆集※に収められた「コーヒー哲学序説」には、幼少時代のコーヒーとの出会いや欧州留学時のコーヒー体験などが、優れた洞察力と豊かな表現力で著されています。
病弱だった8、9歳頃、医師のすすめで、栄養価は高いが飲みにくかった牛乳にコーヒーを少量まぜて飲んだ話では「すべてのエキゾティックなものに憧憬をもっていた子供心に、この南洋的西洋的な香気は未知の極楽郷から遠洋を渡って来た一脈の薫風のように感ぜられた」と表現しています。
また「一杯のコーヒーは自分のための哲学であり宗教であり芸術である」とし、コーヒーの興奮作用や中毒性にふれながら「コーヒーの効果は官能を鋭敏にし洞察と認識を透明にする点でいくらか哲学に似ている」と評して、その魅力を伝えています。
明治中期から一般市民にコーヒーが広がった背景には、こうした欧風文化を知る文化人の影響が大きいと言われています。
※出典『寺田寅彦随筆集第4巻』(岩波文庫)
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