驚異の伸びみせるチーズ 「赤い肉」から「白い肉」の時代へ
この三〇年間に日本の食嗜好は大きく変わった。なかでもタンパク源に乳肉が加わったことが、史上最大の変化といえよう。戦後、数千tにまで落ちた食肉消費が、一九六五年、ようやく一〇〇万t台に乗った。肉製品も一四万tになったが、乳製品(ナチュラル・チーズ)は一〇〇〇t台、ワインは四〇〇〇t台だった。一九七五年には、食肉が二七三万t、肉製品も三〇万tに増えた。しかしワインは二万七〇〇〇t台、(ナチュラル)チーズも九〇〇〇t台であった。これらを並列するには理由がある。
一九八五年には、食肉四二七万t、肉製品四七万t、ワイン六万t台、チーズは四万t台になる。一九九〇年、食肉五五五万t、肉製品五三万t、ワイン一一万t台、チーズ八万t台。一九九五年、食肉五四七万t、肉製品五五万t、ワイン一四万t台、チーズ一一万t台になる。この三〇年間の伸び率は、食肉五・五倍、肉製品四倍、ワイン三五倍、チーズ一一四倍である。
ワインとチーズは驚異的な伸び率だが、パンをベースにした、欧風の「食卓の三位一体」(乳・肉・ワイン)の視点では、チーズは過少な構成比である。一九八五年の食肉、肉製品、ワイン、チーズの総量に対し、ワインとチーズの構成比は、それぞれ一%に浮上する。一九九五年になって、ようやくそれぞれ二%になった。茶漬けに漬物が欲しいように、パン食でも塩と脂を要求する。それがベーコンでありチーズである。食肉・肉製品を「赤い肉」と呼び、チーズを「白い肉」と呼ぶのは、栄養と風味の素だからである。
肉の消費が六〇〇万tを超えると、嗜好品のワインも生理的欲求が反映して「赤ワイン」の消費が急増する。いまワイン・ブームといわれるが、これを一過性のブームととらえるのは、一面的な見方であって、この底流にはキー・プロダクツ(中核製品)の、食肉消費の増大という大きな要素がある。赤ワインの嗜好は「ナチュラル・チーズ」の消費を加速する。
ナチュラル・チーズを用いた、ピザやスパゲティを食べるとき、赤ワインなしでは味覚が満足しない。いまや赤い肉(食肉・肉製品)の消費は飽和に達した。これからは「白い肉」が時代の要請である。いま白い肉の消費が過少なことこそ、これからの外食産業の進展において、最も注目すべき“成長株”と期待される。
六〇年代の爆発的な、ハンバーグの市場形成は、「外食におけるハンバーガーの先導」によるものであった。これがハンバーグという、内食用の食品を普及させたのであって、この逆の順序では成功しなかっただろう。いま話題のHMRでも、レストラン・メニュー(外食)を、ホーム・ミール(内食)として、提供しようとしている。外食主導型の手順の応用である。
前述の赤い肉と白い肉の比率は、これから次第に変化していくだろう。ワインの消費とともにチーズ・メニューも増えるだろう。しかし内食売場(スーパーなど)からの発信は期待できない。モノが過剰になり選択肢が増えた、半面「何と何をどのように食べるか」という、生活情報の伝達が切れた時代には、生活の行動規範となる、外食産業の「ハウ・トゥ・イート」の提案の効果が大きい。多彩な風味のチーズ消費を拡大し、栄養バランスの回復が期待できる。
チーズ導入を成功させるには、まずポピュラーなメニューの導入がある。例えば上昇気流に乗っている、イタリア料理を応用することが一つ。一九八六年、フードシステム研究所は「二一世紀までにイタリアン・フードは、一〇〇〇億ドルの市場規模になるだろう」と予言したが、いまイタリア料理の人気は世界的となった。あるいは未知の情報を活用すること。例えば最近とみに注目される、東欧圏のローカル料理からの発掘や、安価な素材と結びついたメニューの応用がある。
まずイタリア料理には、なじみやすい「パスタ・メニュー」がある。その典型的なクラシック・メニューには、一〇〇〇種類を超すメニューがある。これを定性的に分けると、(1)野菜入りパスタ一一九種(2)野菜・乳製品入りパスタ一一八種(3)野菜・乳製品・卵入りパスタ一一一種(4)魚介入りパスタ一七一種(5)白身肉入りパスタ一一五種(6)赤身肉入りパスタ一四二種(7)豚肉入りパスタ二一〇種(8)野鳥獣肉入りパスタ一五種となる。
これらのメニューに、どれほどチーズが用いられているか。試みに(2)と(3)を調べてみると、(2)では合計一〇四種、八八%、(3)では合計八七種、七九%もある。料理にチーズの名が付いてない場合も、材料に占めるチーズの、分量は予想を越えて大きい。その他の項目も参考に検討するなら、「パスタ宝典」(読売新聞社)を参照するとよい。
これほどチーズが多用される理由は「風味が向上するから」である。その代表的な品種は、パルメザン、リコッタ、モッツァレラ、ペコリノで、この四品種だけでも「味の多層化」が実現できる。特にパルメザンは、三年も熟成したアミノ酸の固まりだから、調味料と同一視されるほどだ。また四~五種を混用する例もある。スパイスでも日本の七味唐辛子、フランスのカトル・エピス、中国の五香粉など、複合香辛料の風味は優れている。
次に未知の情報を活用する例だが、EUへの新加盟で注目される東欧には、知られざるチーズが数々ある。スロバキアの首都ブラティスラヴァでは、観光名所のミヒャエル門のかたわらで、老婆の手作りチーズを買った。それが写真の「シール・パレニツァ」で、ハート型をした燻製である。ポーランドの古都クラクフでは、フロリアンスカ門のかたわらで、老婆からスモーク・チーズを買った。それが写真の菱形のもので、値段はわずか一ズルチである。
プラハのホテルの朝食に「バルカム」があった。しっとりしてかたい食感だが、このようなハード・チーズは朝食向きで、ソフト・タイプはディナーの後、ワインとともに楽しまれる。提供する時間によって、チーズのタイプが異なる実例である。チェコの「オシュティエペク」は、羊飼いの作る「山のチーズ」だが、ハンガリーには白チーズや、もち状の羊乳チーズもある。どの国でもチーズは、ステークに乗せられたり、ソースなどの素材に幅広く用いられている。
もう一つ未知の情報を活用する例では、日本で物価の優等生といわれる、卵料理の応用である。なかでもオムレツは多彩なメニューがある。イギリスやアメリカには「ブック・オブ・オムレツ」ともいうべき本がある。そこに「チーズ・オムレツ」のレシピが発見できる。これにハーブを組合わせてみても、直ちに多くのメニューが開発できる。クラシック・メニューを探索するなら、その数を倍増することも容易である。いまや未知こそ「新しい情報」である。
これらの提案は、いずれも現在の「業態を変更しない」で導入が可能である。つまり明日からでも、既存メニューの改良や新規メニューに採用できる。イタリアの都市は街ごとにおいが異なる。それは地域のチーズやワインが、固有の料理を形成しているからだ。その最適組合わせの提案が“ハウ・トゥ・エンジョイ”の行動規範となる。いま生活者にとって外食機会が、新しい食習慣を知る機会であり、それが外食産業の新しい可能性を示唆している。
(フードシステム研究所所長・田中千博)