シェフと60分:インペリアルウイング八事迎賓館・グランシェフ・村瀬勝己氏

1998.03.02 147号 11面

ある夜、ガールフレンドと食事を終えた帰り道。寝てもさめても料理のことばかり考えていた若き日の村瀬さん、「さっきの料理はどうだった」とさっそく意見を求めた。すると彼女、「おいしかったわよ」と料理についてはすげなく一言。

ところが、カーテンがすてきとか食器が印象的だった、とどうも料理以外のことに関心が向いている様子。その時、目から鱗が落ちる思いがしたと話す。

「自分の了見がせまかったことを思い知らされたんです」。料理人も料理のことだけでなく、お客さんの心理をつかむ分析力や設計・インテリアなどの総合的な能力を兼ね備えなければと思った。今でこそこの考え方は浸透しているが、三〇年以上前のこと、「理屈っぽい料理人」と疎まれた。

マンネリを嫌い新しい流れを受け入れようとする性格は、時に時代の流れより先をゆきすぎることもあるのだろう。

「フランス人は食べることに貪欲。世界各国からうまい料理をどんどん取り入れアレンジしてオリジナリティーを作り上げる能力に秀でている。日本人のようにハヤリものにすぐ飛びつき、マネがうまい人種とはわけが違う」

フランス料理は決して保守的ではない。現状に止まらず新しさを求めて常に歩き続けている。だから、習得するには死ぬまで学び続けなければならない。料理のテクニックはもちろん、それ以外にも経営能力、サービスに対する姿勢、客のニーズに応えられる力も。

名古屋フランス料理研究会の会長でもある氏は、いつも未来の優秀な料理人たちをこう叱咤激励する。

結婚式の宴会料理。およばれ感覚ゆえクレームはつくはずもない。 「手抜きをしようと思えばいくらでもできる。でも、いわゆる入門編のフランス料理を出席者全員にやっぱりうまいな、と言わせたい」

だから、新郎新婦との事前の打ち合わせには時間をかける。たとえば、招待客の中に苦手な食べ物があればその人だけメニュー替えをする。そのためスープだけでも五種類そろえたこともあるという。

もちろんナイフフォークの苦手な人には箸を用意。今までの例では九割が箸を希望するとか。カタチよりもいかにおいしく食べてもらえるかを大切にする。

式の二週間前にはオードブルを実際に試食してもらい、新郎新婦が招待客に対しての最高の心遣いが伝わるよう万全を期す。

村瀬シェフの心遣いはまだまだ続く。披露宴がはじまり一通りあいさつがすんだ後、シェフ自ら料理内容の案内をする。ユーモアのある巧みな話術で祝宴の雰囲気は一気になごむ。それもこれもみな、いわば村瀬流サービス哲学だ。

「シェフの場合、料理はうまくて当たり前。究極的にお客さんの立場になれるかどうか、が料理人として一人前になれるかどうかの分かれ目だと思う」

では、究極のフランス料理とは。「艶っぽい料理ですね。これは料理人に遊び心がないとだめ」。ご本人、ゴルフ、スキューバダイビング、サッカーから骨董品をながめる趣味まで多彩。「私にとって遊びはヒマをつぶすのではなく、料理の原動力になっている」。

遊びたいことが山ほどある、自称遊び人のめざす料理は、まさに止まることを知らない。

文   片山よう子

カメラ 岡安 秀一

高校を卒業する時考えた。「サラリーマンは性に合わない。自分が自分でいられるのは職人しかない」。手に職のある仕事なら何でも良かった。洋食屋を選んで六年、もう何も学ぶべきことはないと思った時、先輩の誘いもあり上京。港区にあるフランス料理店「クレッセント」で修業を積むことに。当時二三歳、遅すぎた選択へのコンプレックスはあった。が、負けん気の強さで逆にそれをバネにして腕を磨いていった。

料理長に見込まれ出世もしたが、何か満たされない思いが残る。「皿の中だけの世界」から脱皮したくて店づくり全般に興味を持ちはじめたのもこのころ。そして一四年間いた東京を去り名古屋に戻った。「シェ・コーベ」の立ち上げに関わり爆発的な人気店にした後、「八事迎賓館インペリアルウイング」のグランシェフに。昨年一五周年を迎えた名古屋フランス料理研究会の会長もつとめる。浅草生まれ、五七歳。

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