ご当地ラーメン花盛り、首都圏でのブーム変遷
昨年の旭川ラーメンブームに続き、いま、和歌山ラーメンがにわかに注目を浴びている。まさに、ご当地ラーメン花盛りといった感じで、それぞれの地名を冠にしたラーメン店が首都圏に増え続けている。ここ数年の傾向では、ご当地の味をそのまま提供するというコンセプトの店が増えている。
東京にはもともとさっぱりした醤油味ベースに細く縮れた麺の泳ぐ、東京ラーメンというご当地ラーメンが存在した。そこに昭和40年代に入り、味噌ラーメンという切り札を持つ札幌ラーメンが旋風を巻き起こした。
札幌は「味の三平」の大宮守人氏が、味噌ラーメンの開発に取りかかったのは昭和30年。昭和36年に正式にメニューに取り入れた。それからまたたくまに味噌ラーメンは札幌中に広がった。
昭和40年に高島屋物産展で味噌ラーメンの実演販売が行われ、その濃厚な味わいはインパクトを与えた。その後、札幌ラーメンを看板に掲げる店が現れ出し、昭和42年に両国に一号店を開いた「どさん子」は、四年間で三〇〇店ものチェーン展開に成功した。
そして、昭和43年に発売されたサンヨー食品の「サッポロ一番みそラーメン」がチェーン展開を後押しするように、ブームに火をつけることになる。そして昭和45年ぐらいになると、街の中華料理店にも当たり前のように味噌ラーメンというメニューが見られるようになった。
こうして味噌ラーメンは一〇年ぐらいの短いスパンで全国へ名をとどろかせたのである。味噌からつくられる弟分の醤油が、ラーメンの世界では逆に兄貴分となっているのは面白いが、当時は醤油ラーメンにしろ味噌ラーメンにしろ、“秘伝のたれ”という言葉に象徴されるように、ラーメンの味のキーワードは、たれにある傾向が強かった。
昭和50年代は、つけ麺や京風ラーメンなどの小さな波にとどまったが、昭和60年代から平成にかけて、一大豚骨ラーメンブームが巻き起こった。
博多ラーメンを筆頭に、熊本ラーメンや「ホープ軒」に端を発する、背脂をスープの上から振りかけるタイプの「背脂チャッチャ系」の濃厚なラーメン、横浜「吉村家」にはじまる豚骨醤油味の「家系ラーメン」など、コッテリ型の店舗が著しく増加した。
これも「博多ラーメンふくちゃん」のチェーン展開と、ハウスの「うまかっちゃん」などのインスタントラーメンが、ブームの火つけ役となっている。
札幌味噌ラーメンほど顕著ではないものの、個人店の開業にはじまり、チェーン展開とインスタントラーメンがブームを過熱させるという図式は、同じパターンである。
いままでの醤油ラーメンや味噌ラーメンは、味のキーワードがたれにあったことは前述した通りだが、豚骨ラーメンに関しては味の決め手はスープにある。
スープ自体の脂分や濃度などがラーメンにインパクトを持たせている。より重厚感があり、パンチの効いたラーメンが好まれるようになった。肉類や乳製品の摂取量の増加と歩調を合わせるように、豚骨ラーメンが台頭してきたのは、理解しやすい現象である。
たれとスープという見地から、最近の旭川ラーメンブームや、和歌山ラーメンブームを考えると、その図式が何となく理解できる。旭川ラーメンは、醤油味をベースとしながら、スープに海産物のだしを加え、脂も浮かせて重さを出している。
一方、和歌山ラーメンは、醤油発祥地という看板の醤油だれを脂の乳化した豚骨スープで割る。旭川は、スープ系の醤油ラーメン、和歌山はたれ系の豚骨ラーメンという図式である。
たれ系とスープ系の両者に受け入れられる味として、今の首都圏にあって受ける味の要素を整えていたラーメンなのである。
さて、それでは旭川ラーメンブーム、和歌山ラーメンブームといったものが、札幌味噌ラーメンブームや豚骨ラーメンブームのような一〇年スパンのビッグウエーブになり得るのか。
その答えはノーであろう。これらは、あくまでご当地ラーメンブームのひとときのリーダーである。味噌ラーメンは、たれに味噌を使う、豚骨ラーメンは、豚骨を強火でたき出してスープを白濁させる、というように、ベースとなるスープに、明確な区別があった。
広義で解釈すると、いま流行の和歌山ラーメンも豚骨ラーメンの一流派と考えられる。ご当地ラーメンの情報も出そろった感があり、味噌、豚骨に続くビッグウエーブは、全く新しいスープが開発されでもしないかぎり、現状では起こり得ない。
昨今は、札幌ラーメンという看板、豚骨ラーメンという看板を掲げれば売れるという時代ではない。もうブランドだけでは通用しないのである。
味噌ラーメン、豚骨ラーメンとも、ブームの初頭は、本場の味というよりも、東京風にアレンジした味が受けていた。しかし、平成の声を聞くころから、本場の味と同じ味が望まれる傾向が強くなってきた。
これとともに、既成概念にとらわれない新しいラーメンが次々と生まれてくる傾向がある。いままでは強火でたく豚骨スープには、火力の関係で、海産物のだしは使われない傾向にあった。ところが、いまは強火でたく豚骨スープと弱火で煮る海産物のだしを別の寸胴で取ってブレンドしたり、ラーメンには使われていなかった素材を作ってだしを取ったりと、新たな発想が生まれてきている。
スープと麺と具のバランスもさることながら、ラーメンと丼、店構えからユニフォームまで、トータルコーディネートを考えた店舗も増えてきている。これまで万人受けの味が望まれてきたのに対して、一部の支持層を根強くつかむような個性的な店が行列になる傾向もある。
ラーメンに関しては、TV、雑誌などの情報量も多く、ブランド志向から、オリジナル志向に明らかに変わってきている。
最近は、インスタントラーメンの技術も進み、チルド麺や冷凍麺は、より店舗の味に近い味を出す傾向にある。幅広く売り出される商品に対応するには、よほど良い立地に恵まれている以外は、ターゲットを絞ったオリジナルな味と戦略を打ち出すのが賢明である。
マスメディアだけでなく、インターネットによるリアルタイムに近い情報が受発信され、オープン早々にして彼らの口コミで繁盛店になってしまう例も少なくない。彼らは味だけでなく、店の雰囲気から接客、店主の情熱まで思った以上によく見ている。
ラーメンは不思議な食べ物で、どんなに立地が悪くても注目されれば繁盛する。それに必要な条件は、ラーメンに対する店主の情熱とオリジナリティーではなかろうか。
これからは、店主の姿勢や創造性が評価される時代になると考えるのは、一人のラーメンフリークとしての筆者の願望にすぎないのだろうか。
◆近年ラーメンブームの傾向
札幌味噌ラーメン、豚骨ラーメンという一〇年スパンの大きなウエーブのあと、次にどんなブームがやって来るのかという期待がかかる。マスコミもラーメン業界の動きには神経を尖らせているのが分かる。
ここ二年ぐらいは常に新しい情報を求めた小刻みなウエーブが起きている。一九九七年初頭から、東京は武蔵野エリアの「地ラーメン」である「油そば」が一躍脚光を浴びた。
九七年秋口から、旭川ラーメンがブームとなり、東京でも旭川ラーメンを看板にする店が続々と名乗りをあげ、ムーブメントを巻き起こした。
九八年初夏から「冷やしラーメン」がマスコミをにぎわし、メニューに取り入れる店が増えていった。そしていま、和歌山ラーメンがブレークのピークに達している。
ここ二ヵ月たらずの間に、和歌山ラーメンを取り上げたマスメディアの媒体は一〇〇を超える。異常とも思える過熱ぶりである。
(武内伸)