榊真一郎のトレンドピックアップ:パシッフィックリムって何?

1999.04.05 175号 18面

ブームです。お客さまが求めるものを真剣に考えた結果ではなく、取りあえずこれさえ押さえておけばどうにかなる、と多くの人が感じるということをブームと呼ぶとするならば、最近の「パシフィック・リム」という料理分野も、十分にブームの様相を呈している。

これを「料理国籍をまたいだ複合料理」と拡大解釈すれば、もうほとんどの新しい料理はその範ちゅうに属していて、「多国籍にあらずば新しい料理にあらず」的な、なにやら収拾がつかぬ方に向かいはじめているような気さえする今日このごろ。みなさん、いかがお過ごしのことでしょうか、などと悠長なことを言ってる場合じゃない。ここは一つ、「料理を混ぜる」ということの本質を確かめておかなくては。

ブームがブームとして終わりを迎えた時に、悲惨なことになるんじゃないかと、少々お節介を焼いてみたくなろうというもの。

物足りなくてもうひと工夫

ブームじゃなくて、必然として料理を混ぜ続けてきた国があります。シンガポール。チャンスを求めて国境を平気でまたぐ中国人が一九世紀後半に発見した最後の楽園に、一握りの札束と懐に入りきらない夢だけ持って移住した華僑たちが、ここで手にするのがささやかな成功と「マレー人の妻」。当然、中国人の夫は妻に中国料理を作って、と頼むのだけど、彼女はレシピ片手に見よう見まねで作りつつ、最後の味見でこう思う。

「ちょっと物足りないんじゃないかしら」

で、いつも食べなれているスパイス少々、パラパラッと振りかけて、ついでにハーブの一枚二枚千切って飾り、ハイ出来上がり。それを食べた肝心の亭主、ちょっと違うぞ、と思いつつ、まあイッか、これも結構おいしいし、ということになる。そんなことを一世紀にもわたって繰り返して来た結果、シンガポールの料理アイデンティティーが出来上がる。

無難に頼らず新鮮さ再発見

「ユニーク」(普通と違う)ということが最大の価値、と認めたがるくせに、本当に新しいものに対しては警戒心を発揮する世紀末の人たちに、それでも振り返ってもらおうと思えば、ここにあるものとそこにあるものを混ぜ合わせるのが無難なことで、だからといって無秩序に混ぜ返すだけでは元も子もなくなってしまう。

ではどうすればいいのか。その答えは、シンガポールの先の例を思い返せばいいでしょう。

食べなれた人に、作りなれない人が作る料理。中国料理を食べなれた夫に、中国料理を作りなれない妻が作ったからユニークだけれど、新し過ぎない料理ができた。食べ手にも作り手にもそれぞれ理解可能な料理ができたのであって、見知らぬ料理を探求すればするほど「作りなれた人が食べなれない人に作る」を独りよがりしてしまう、今までの専門料理とは正反対のプロセス。

例えば、日本人のためにイタリア人が一生懸命、日本料理を作ろうとしたらどんなものができるのだろうか。逆にイタリア人のために日本人がイタリア料理を作ろうとしたらどんなものになるのか。そう考えることがユニークなものを生み出すエネルギーになるのじゃないのか。

プロが考える料理がどんどんつまらなくなっているのは、こうした時代の流れに逆らう既成概念にとらわれた結果じゃないのか。そして家庭画報とかの、いわゆる志の高い主婦のための雑誌を飾る料理が楽しいのは、こうした時代の流れに素直だからじゃないのか。

日々の研さんお店でもぜひ

ニューヨークのホテルで和朝食をルームサービスし、本来、紅ザケの切り身の焼いたのがあるべき場所に、厚切りスモークサーモンのグリルに醤油とタップリの刻みショウガを発見し、一体、だれが作ったのと聞けばフランス系のシェフだった。懐かしくも新しい味覚とはこうして出来上がる。

みなさんの店の何気ない一品を、これはだれがだれのために作ったのだろう、と思い返す作業を、面倒だろうけど、して欲しい。商品はお客さまのためにあると言いつつ、本当にお客さまのことを考えて作っているのか反すうせずして反復のみする、そんなことでは駄目になる。ブームを越えてそこの特色となるまでにはしなきゃならないことがたくさんあるのです。大変だけど、頑張んなきゃ。

((株)OGMコンサルティング常務取締役)

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