飲食トレンド:肥満論議で外食やり玉に 今や大流行病、自己責任か

2004.10.04 292号 1面

肥満は、まもなく喫煙に代わって、アメリカ人の予防可能の死因の一位を占めるようになると公衆衛生局長が警鐘を鳴らしている。今やアメリカ人成人の三人に二人が体重過剰だという。すなわち一億二七〇〇万人が体重オーバー、そのうちの六〇〇〇万人が肥満、そしてその九〇〇万人が極端な肥満とされる。「なぜアメリカは世界一の肥満国家になったのか?」‐‐肥満を巡る問題は、アメリカを揺らしている。(外海君子)

◆アメリカに広がる肥満

この一〇年でアメリカの成人の肥満率は六割余り増えた。肥満は今や大流行病だと保健福祉省は指摘している。肥満は、心臓病、糖尿病、高血圧症、骨関節炎、大腸がん、乳がんなどの引き金になるとされ、毎年三〇万人のアメリカ人が肥満関連の要因で亡くなっている。肥満による経済損失は年間一一七〇億ドル余りに上り、政府が負担したコストも、二〇〇三年には七五〇億ドルとなった。肥満対策は国家プロジェクトにもなり、二〇一〇年までに成人の肥満率を一五%に下げる国家目標が掲げられている。

肥満予防対策に補助金を出す法案など、議会でも、現在、数々の肥満関連法案が提出され、審議されている。今年7月には、メディケア連邦健康保険制度(六五歳以上の国民健保)が、肥満は病気ではないとした長年の見解を撤回した。これは、将来、減量が目的の胃バイパス手術などの医療行為が政府の健康保険の補償対象になる可能性を開いた。税制上では、肥満治療のための医療費は、すでに所得税の控除の対象になっている。アメリカ肥満協会を含む一〇団体のロビー活動の成果だ。

氾濫するダイエット商品、痩身プログラム、フィットネス・クラブ。消費者もかなり混乱しているらしく、ダイエット情報を分かち合うウェブサイトでは、ゾーン・ダイエットやアトキンス・ダイエットなど、実に三〇〇以上に及ぶダイエット法がリストアップされている。年間、アメリカ人が減量するために使う費用は推定五〇〇億ドルにも上っているが、一向に肥満問題は解決する気配はなく、深刻化する一方だ。

それにしても、なぜこれほど肥満が増えたのだろうか?

「それは、もちろん、たくさん食べ物があるからです。アメリカでは、至るところに食べ物が氾濫している状態です。そして、食べるということは、楽しくて気持ちのいいことですからね」とニューヨーク大学教授のマリオン・ネスレ教授は答える。教授は、『フードポリティックス:食産業がいかに栄養と健康に影響を与えるか』『安全な食品』など数多くの著書を記している栄養学の権威だ。

言われてみると、8月末から9月頭にかけて共和党大会が開かれていた最中、厳戒下のマンハッタンで、警官が路上に並んでアイスクリームをなめていた。学校の帰りには、ピザ屋やハンバーガーショップに子どもたちが立ち寄っている。一晩中開いているスーパーマーケットにレストラン、あちこちにある自動販売機……確かに、いつでもどこでもごく簡単に食べ物が手に入る環境がアメリカにはある。また、七〇年代から、市販の食品やレストランで出される食事の一人前の分量も徐々に増えていった。バケツと見まがうような紙コップに入れられたコカコーラに、洗面器といっても過言ではない大皿に盛られたスパゲティなど、アメリカのポーション・サイズは、確かに、大きい。

コロラド大学の栄養学センター長、ジェイムズ・O・ヒル教授によると、こういったアメリカの環境下では、肥満は自然な成り行きだと言う。そして、このまま問題を放置しておくと、二〇五〇年までにはほとんどすべてのアメリカ人が肥満になると、メディアを通して警告している。

◆肥満訴訟の機運とインパクト

こうしたなか、やり玉に挙げられたのがファストフード業界だ。安価で便利なファストフードは、ライフ・スタイルの変化に伴い、アメリカ人の日常生活に深く浸透するようになり、今や全国民の四分の一が毎日ファストフードを食べている勘定になるという。

ただし、ファストフードには高カロリー、高脂質のものが多く、公衆衛生局長も「ファストフードは肥満の要因になっている」と述べている。

たばこ産業の次の訴訟ターゲットは食産業になると以前から指摘されていたように、外食産業に対して幾つかの訴訟が始まるべくして始まった。最初の訴訟が起こされたのは、二〇〇二年7月。主な原告は、ニューヨークに住む整備士、シーザー・バーバーさんだ。一七五センチメートル一二四キログラムのバーバーさんは毎週四、五回ファストフード・レストランで食べ続けた結果、肥満、糖尿病、高血圧、高コレステロールに悩み、過去に二度の心臓発作に見舞われたと主張、マクドナルド、バーガーキング、ウェンディーズ、ケンタッキーフライドチキンの四社に対し、食材の情報開示をしなかったとして、損害賠償請求をニューヨーク州地裁に起こした。これをきっかけに、ニューヨークの八人のティーンエージャーが、誤った広告が肥満につながったと主張してマクドナルドを訴えるなど、幾つかの肥満訴訟が起こされた。ただし、今までのところ、こうした肥満に関する訴訟はすべて却下されている。

肥満訴訟の代理人のサミュエル・ハーシュ弁護士に尋ねたところ、「訴訟の数の問題ではありません。もし、たった一つのケースでも、肥満が流行病だと認知されるような適正な提訴がされるならば、たとえばカリフォルニア州などで勝訴できる可能性はあるでしょう」と答えた。

たばこ訴訟も初期は敗訴に終わっていたのだから、肥満訴訟も、いつかは勝訴に持っていける可能性があるとする声もある。

■食品業界団体 活発なロビー活動

肥満のみならず、誤表示などを根拠に、ここ数年、口を切ったかのように食産業を相手に訴訟が次々と起こされたことで、危機感を覚えた食品業界は巻き返しを始めた。世界最大の飲食料品メーカーの団体、アメリカ食品製造者協会や、全米レストラン協会などの業界団体がワシントンで活発なロビー活動を繰り広げた結果、下院は、今年3月、肥満を理由に食産業を訴えることを禁止する「食料消費における個人責任法案」、いわゆる「チーズバーガー法案」を可決。ホワイトハウスもこの法案の支持を表明している。食産業界は全国で一二〇〇万人の雇用を生み出しており、行政府に継ぐアメリカ第二の雇用者だ。法案の裏には、この巨大雇用者をあまり傷めたくないという思惑がある。しかし、法制化を見るには、上院が可決するかどうかにかかっており、おそらくは通過しないだろうというのが大半の見方だ。

チーズバーガー法案を支持する共和党議員たちは、「これは常識と個人の責任の問題そのものだ。個人の食の選択と運動不足の後始末をファストフード業界に求めてはならない」と言っているが、民主党は、「食産業界はこのような規制なしに自らを守ることができる」と主張し、「肥満を巡る訴訟は、裁判所が却下している。議会でなく、裁判所にこそ肥満訴訟の愚かさを決めさせるべきだ」と反発している。

州単位では、すでに一一州で、消費者が州内の会社に対し肥満訴訟を起こすことを禁じる条例を制定、また一〇州が現在審議中という。また、数々の州で、学校からソフトドリンクなどの自動販売機を追放する動きもある。

「肥満訴訟は、食産業界に非常に大きなインパクトを与えました。多くの食品会社が警戒して、いろいろな自衛手段を講じ始めたのです」とネスレ教授は言う。

◆“自衛”に動く食品各社

肥満訴訟が始まって以来、方向変換を迫られるようになった食産業は、よりヘルシーな製品を発売したり、カロリーや栄養価などを表示し始めたりしている。アメリカ最大の食品メーカー、クラフトは、販売サイズを小さくし、製品の表示をより綿密に記載し始めた。マクドナルドも、「ヘルシーなライフスタイルと質の高いメニューの選択を消費者に提供する」と宣言。ホームページには、食材の成分を開示し、カロリーや糖分をカットするためのメニューや、糖尿病患者のためのメニューの選び方など、多くの情報を提供している。バーガーキングは、低脂肪のチキン・サンドイッチを、ベーカリーのチェーン、オー・ボン・パンは、カロリーとコレステロールの低い製品を発売し始め、ピザハットは、低脂肪のピザとサラダをメニューに加えた。

チーズバーガー法案は、仮に上院を通過したとしても、この法律に挑戦し、違憲性を追及することもできるので、食品業界は胸をなでおろしているわけにもいかない。また、数々の消費者団体も、アメリカの肥満は食品会社にあるとして、その責任を追及している。フード・ポリース(食品警察)とも呼ばれる非営利団体、「公益のための科学センター」は、バターやポテトチップ、チーズや肉など、高カロリー、高脂質の食品に税金をかけるべきだとさえしている。

◆肥満問題の行方

アメリカを悩ます肥満問題。しかし、肥満は単に過食から来る問題ではないのではないだろうか? 実際、アメリカ人の運動量は、生活スタイルの変化に伴い、大きく減ったというデータが上がっている。アメリカ人の四人に一人はまったく運動をしない。子どもたちの体育の授業も減った。この二〇年間で子どもの肥満は二倍に増えている。

そもそもが、食べる選択は自分自身にあるのではないだろうか?

ネスレ・ニューヨーク大学教授は、氾濫するファストフード店や自動車への依存など、個人の努力だけでは肥満との闘いには限界があると答える。そして、教授は、「高カロリーで栄養価の低い商品を選んで税金をかけ、低カロリーで栄養価の高い製品を補助し、価格を下げる」、また、「子どもに向けたコマーシャルを禁止する」といった提案もしている。

しかし、こうした規制は、元来、小さな政府を求め、個人の選択の自由を尊重するアメリカ人の哲学に反するものではないだろうか?

「それは食産業が自分たちを守るために使う詭弁です」と間髪を入れずにネスレ教授は答えた。「いろんな分野にいろんな規制があります。チャイルド・シートにだって規制ですね?なぜ食べ物だけ例外でなければならないでしょう?こうした規制は絶対に必要です」肥満当事者の一人、サンディ・シェイファーさんも、同様の意見だ。シェイファーさんは、肥満に対する偏見をなくすための人権団体、全米ファット受容協会のニューヨーク支部長を務めている。

シェイファーさんによると、一ドルでポテトチップを四袋買うか、リンゴを一個買うかという選択になると、貧しい人々はポテトチップを取るはずだと言う。こうした価格差が消費者、特に経済的に恵まれない階層に不利を招いていると言うのだ。また、子どもをターゲットにした広告も、誤った知識を植えつけることにつながるといって反対している。アメリカの広告のほとんどは高脂質、高カロリーの食べ物に使われ、アメリカ人を間違った方向へと導いていると言う。

シェイファーさん自身も、生涯ダイエットに暮れ、ずっと体重のことで悩み続けてきた。しかし、どんなに努力しても、体重は一向に変わらない。

「太っているのは、生まれつきなんです。一二七キログラムあるけれど、体調はいいし、太っているからといって健康でないとは限りません」

自他ともに認める肥満ではあるが、血圧もコレステロールも正常、すこぶる健康で、ワークアウトのインストラクターもしている。結局、問題は健康ではなく、見た目だとシェイファーさんは判断し、社会の誤った見方を打ち破るために、肥満に対する偏見と闘う活動に力を向けた。シェイファーさんは、基本的に肥満訴訟には反対だ。そして、年間アメリカで一〇万件以上行われている胃バイパス手術などの極端な減量術も、重大な危険があるとして反対している。

「変わらなければならないのは、私たちというよりも、社会の方なんです」と言うのがシェイファーさんの言い分だ。

ちなみに、全米ファット受容協会は、保険適用で売上げ増加がねらえる製薬会社やヘルスケア関連会社などに支援されている全米肥満協会と違い、純粋に肥満差別に反対する人権団体であるゆえに、「肥満は状態であって、病気ではない」というスタンスを取っている。

食産業界だけでなく、一般市民の意識にも大きな影響を与えた一連の肥満訴訟。肥満問題は、政界、産業界、教育界、消費者団体、あらゆる社会の層を、活発な議論に巻き込んでいる。

「いろんな人がいろんなことを言い合う、確かに野放図ですが、これこそアメリカがアメリカたるゆえん、民主主義といえるでしょう」とネスレ教授は言った。

◇3食ともハンバーガーの1ヵ月後 映画「スーパーサイズ・ミー」正月公開

『スーパーサイズ・ミー』という映画が全米各地で放映されて反響を呼んでいる。監督自身が一ヵ月間三食マクドナルドのメニューを食べ続け、ファストフードの身体への影響を実証したドキュメンタリーだ。今年1月のサンダンス映画祭で監督賞を受賞したほか、メディアでも取り上げられ、かなりの反響を呼んでいる。制作費は九万ドルだが、これまでに一〇〇〇万ドルの興行収入を上げている。

モーガン・スパーロック監督がこの映画のアイデアを思いついたのは、ニューヨークの二人の少女の両親がマクドナルドを訴えたというニュースがきっかけだ。一人は、身長一六五センチメートルで一二三キログラムの一九歳の少女、もう一人は身長一四五センチメートルで七七キログラムの一四歳の少女で、二人はマクドナルドを食べ続けた結果、肥満と心臓病、糖尿病、高血圧、高コレステロールを患うようになったと主張した。

このニュースを聞いたスパーロックはさっそく映画制作に取り掛かり、主治医、消化器医、心臓病専門医の三人の医師と一人の栄養士に健康状態をモニターしてもらいながら、人体実験を始めた。実験開始の前に受けた診断では、健康そのもののお墨付きが出る。開始前は、医師も、おそらくは中性脂肪値が上がる程度だろうと言っていたが、ふたを開けてみると、スパーロックは数日後には食べたハンバーガーを吐き、頭痛や気力減退、意気消沈に悩まされるようになる。三週間後には、尿酸値が上昇、高尿酸血症を患い、肝機能が低下、「命が危ない」とドクターストップがかかる。しかし、スパーロックは、後半では、食べるほど食べたいという要求が深まり、食べていないときは頭痛を患うようになる。

かくして実験の終わった一ヵ月後は、スパーロックの体重は一一キログラム増え、コレステロール値は一六八から二三三に上昇、体脂肪は七%増加することになる。

スパーロック自身は、マクドナルドをやり玉に挙げるのが目的ではなく、人々に正しい食事のあり方を知ってもらいたいためにこの映画を作ったのだと言っている。マクドナルドを選んだのは最大のファストフード・チェーンだからだ。

また映画では、学校給食のあり方についても触れている。今年12月または来年1月には、家庭用バージョンができる予定だ。アメリカ中の学校で上映してもらいたいとスパーロックは息巻いている。

ちなみに、マクドナルド側は、関連を否定しているが、この映画がサンダンス映画祭で放映された六週間後にスーパーサイズの販売中止を決定した。また消費者の選択を広げるために、サラダなどのヘルシーなメニューも組み入れている。

レストラン業界の団体、消費者の自由のためのセンターは、「一万九〇〇〇個のビッグマックを食べたことでギネスに載ったドン・ゴースクは、身長一八〇センチメートルで八一キログラム、コレステロール値は健康そのものの一五五である」と反発している。

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