飲食トレンド:シニア市場模索する米国外食産業

2005.07.04 302号 1面

アメリカでも進む高齢化社会。5年後には、ほぼ3人に1人のアメリカ人が50歳以上の年齢になる。しかし、この年齢層は、アメリカの総消費の4割、貯金残高の8割を占めるという魅力的な市場だ。特に、7600万人を数えるベビーブーマーたちが高齢化するにつれ、シニア市場はあらゆる産業にとって無視できなくなっている。外食産業はシニア層に向けて、どのようなビジネスを展開しているのだろうか。アメリカの潮流をたどるわが国の外食市場にも大きく影響しそうだ。アメリカのシニア外食市場の現状を追ってみた。(外海君子)

ニューヨーク市に住む60代のアイリーン・シャピーロさん。長年勤めた不動産会社を退職し、夫にも先立たれて、今は年金生活だ。1年の半分は、ロングアイランドにあるサマーハウスとミズーリ州にあるセカンドハウスで過ごし、よく旅行へも出かける。悠々自適の生活を送るアイリーンさんは、週に最低6回は外食する。

「友人と会って話をしながら食事をするのが社交」とアイリーンさんは言う。行くのは、必ずフルサービスのレストランだ。クイックサービスのレストランでは、落ち着かないそうだ。

全国レストラン協会によると、2004年において、55~64歳の年齢層は、週に5回、65歳以上は、週に3・7回、外食している。

「数多くのレストランが、シニア世代を意識した対策を投じ始めてきている」とニューヨーク市のレストラン・コンサルタント、ブライアン・バックリー氏は言う。

その一つが、辛くスパイシーな料理をメニューに多く加え始めたことだ。加齢するにつれて味覚が鈍くなるため、シニア層はメリハリのついた味の料理を希望する人が多いからだとか。

また、同時にコンフォート・フード、すなわち、ミートローフ、グレイビーをかけたビスケット、マカロニ&チーズのような、ノスタルジックな古き良きアメリカ料理をメニューに加えるところも多くなったともいう。特にフロリダ州やアリゾナ州など、退職した人々が全米各地から老後を過ごすために移る地域のレストランは、シニア世代を強く意識したメニュー展開をしているそうだ。

「ただし、シニア層に向け、積極的に動いているのは個人経営のレストランばかり。チェーン店は、どうしても動きを取るのが遅く、後手になりがちだ。政治的な圧力によってチェーン店もサラダなど低脂肪のヘルシーなメニューを加えるようになったことで、シニア層もファストフード店に足を向けるようになったが、それはシニア層を考慮した変化ではない」(バックリー氏)

◆外食産業は市場主導型 その都度、個々に消費者変化に対応

全米レストラン協会によると、55~64歳までの年齢層を家長とする家庭が外食に費やす金額は、すべての年齢層を抑えて、年に1164ドル(2004年)だ。

「広告業界は若者をターゲットにしているが、実態は、新卒の若い連中にそれほどの可処分所得はない。半面、シニア層には自由に使えるお金と時間がある。もっと金銭的に余裕のあるシニア層をターゲットにしてもいいはずだ」とバックリー氏は言う。

全米に3500万人以上の会員を持つ、世界最大のシニア世代の団体、AARPのスポークスマン、トム・オトウェル氏も同意見だ。AARPによると、55~64歳の年齢グループは、平均よりも15%多く消費し、65~74歳の年齢層もだいたい平均並みの消費をするという。

外食産業のみならず、あらゆる産業にとって有望な市場なのだが、相当する関心が払われていないというのが実情だ。「宣伝が若者に向けられがちなのは、若者がメディアの情報に敏感だからかもしれない。シニア層は、広告よりも口コミや自らの嗜好によって動く」と言うのは、ニューヨーク州レストラン協会副会長のチャック・ハント氏。

1970年のアメリカ人の年齢の中央値は28歳。2010年には37・3歳になる。これまでマーケティングの対象が若者に偏りがちだったのは、若年層が厚かったせいも大きいだろう。しかし、ベビーブーマーが高齢化するにつれ、シニア層は急増する。産業界は方向転換をせねばならなくなるというのがマーケティング専門家の一致した意見だ。

エイジウエーブ、カミング・オブ・エイジなどのリサーチ・コンサルタント会社がシニア市場の潜在力について全米を駆け回って訴えている。ベビーブーマー世代は、戦争や恐慌を経験し、万一に備えて貯金しようとした親の世代と違い、積極的な消費者だ。外食産業は可処分所得に直結しているため、全米レストラン協会では、年金カットに強く反対して、ロビー活動を展開している。

ニューヨーク市に住む、53歳のスーザン・ファーガソンさんもベビーブーマーの一人だ。離婚してシングルになったばかりで、仕事も忙しく、ほとんど3食とも外食だ。スーザンさんを含む多くの人にとって、忙しい日常生活の中、外食に頼らざるを得ないのが実情で、料理は毎日の義務としてではなく、趣味として作るという人もいる。

全米レストラン協会の調査によると、43%の人が、家で料理して片付けることを考慮すれば、外食はコスト効率がいいと答えている。

それにしても、レストラン業界は、今のところ、シニア層に向けた目立った動きはしていないが、その理由は何なのだろうか?

「外食産業は、資本集約的な産業ではないために、フレキシブルで迅速に動くことができる。何年も前に計画を立てて設備投資しなければならない産業とは異なる」と全米レストラン協会の副会長、ハドソン・レイリー氏。

「基本的に外食産業は市場主導型で、市場によって対応するタイプの産業だ。ベビーブーマーが定年退職を迎え始めるのは、2、3年先のこと。外食産業は、そのとき大きな方向転換するようになるだろう」と言う。

しかし、業界は資源を徐々にシニア層に向け始めているとしている。ニューヨーク州レストラン協会の副会長、チャック・ハント氏も、「サービス産業である外食産業は、消費者の反応に応じて敏感に対応していくのが基本的な姿勢。市場より先に回る努力もしているが、現実は、客のニーズや反応を確認しながらフレキシブルに修正するので、変化が起こってから適切に対応するだろう」と言っている。

シニア向けの配慮としては、段差を作らない、メニューの活字を大きくする、量を控えめにして値段を抑える、アーリーバード(ピークより早い時間に来る客に対する割引)を提供する、一人で食事をするシニアを配慮して共同テーブルを用意する、などといったことが挙げられているが、従来型の対策では、これからのシニア世代の心をつかむのは難しい。自由と利便性の時代に育ったベビーブーマーたちは、食に関する知識も豊富で、要求度も高く、より多くのオプションを求める。

スシに始まるエスニック料理を積極的に食べ始めたのも彼らだ。「今後、メニュー、デリバリー、情報提供など各方面で、多様化、高度化していくだろう」とレイリー氏は言う。

高齢化が本格化する数年後、アメリカの外食産業は、避けられない変換期を迎えることになりそうだ。「外食産業を変え、成長させたのは、ベビーブーマーたち」(レイリー氏)だが、ベビーブーマー世代は退職後も、影響を与え続けそうだ。

◆シニアレストランの代名詞「クラッカーバレル」

今回の取材でわかったことは、アメリカ人にはかなりの高齢フォビアがあるということだった。明らかに年配客の多いレストランに取材を申し込んでも、うちはシニア向けではない、とむげに断られるばかり。シニアに結びつけられるとイメージダウンするとでも思っているかのようなふしも見受けられた。

レストラン協会のニューヨーク支部は、数年前からニューヨーク市と協力してシニア層のための外食割引制度を導入しているが、実態はあまり利用されていないし、レストラン側も消極的で、この制度を知る人もほとんどいない。そんな折、「クラッカーバレル」という店がシニア・フレンドリーなレストランとして一押しされているのを知った。

クラッカー・バレルは、ホームスタイルのカントリー料理を売りにしたレストランだ。目下、41州に519店舗展開しているが、フランチャイズではなく、すべて直営だ。

フロントポーチにはロッキングチェアが置かれ、ダイニングホールには暖炉にまきがくべられるカントリー・ホームが再現されている。ポーチも、炉辺も、アメリカ人にとってはくつろぎとだんらんの場だ。店内のあちこちに、古い玩具、鉄製のアイロン、カンテラ、クロム製のトースター、看板などが飾られているが、これらの装飾品はすべて実物のアンティークだ。

専門スタッフが各地でアンティークを買いつけて修復し、デザイナーが毎年20店加わる新しい店舗に飾りつける。本社の倉庫に蓄蔵されているアンティークの数は10万点以上。店に流れる音楽も、40年代、50年代の古いカントリーミュージック。そして、メニューは、温かいメープルシロップをかけたバターミルクのパンケーキ、ハッシュブラウンと卵料理、ローストビーフやシチューなど、思わず目尻が下がってきそうな古き良きアメリカの田舎料理ばかりだ。出されるパンも、焼きたてのビスケットとコーンブレッドだ。メニューは、大活字のもののほか、点字も用意されている。

セカンド・ホームを目指したクラッカー・バレル。「われわれの店には、客が安心して入れる一貫性があります。旅先でも、どの店も共通して、ロッキングチェアや暖炉、おいしい田舎料理が迎えてくれます」と広報部のジム・テイラー氏。

いつ訪れても変わらず、同じようにくつろげる家庭へのノスタルジアがシニアの心をつかんだのだろう。アーリーアメリカンのグッズを売る、楽しい駄菓子屋のような店もレストランに併設されている。

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