人気のパスタ特集:パスタの外食市場動向と展望
外食市場の人気メニューとして定着したパスタ。マカロニ、スパゲティに始まり、いまやパスタ文化といわれるほど、メニューと提供スタイルは多様化している。パスタブランド、関連機器も年々充実し、パスタニーズも高揚の一途。昨今は、価格帯五〇〇円前後のワンコインパスタも登場し、ファストフード(FF)化にも拍車がかかっている。外食市場におけるパスタの歴史を紐解き、昨今の動向と今後の展望を探った。(商業環境研究所所長・入江直之)
パスタは、わが国で最も幅広く愛され、親しまれて来た料理・食材のひとつだろう。一人あたりのパスタ消費量から言えば、当然イタリアが一位、次いで米国。国別の消費量では米国が一位だ。しかし、パスタの味へのこだわりから言えば、日本は「イタリアの二一番目の州」と言われるほど。シコシコした歯ごたえが残る状態を指す「アルデンテ」を理解できるのが日本人だということで、イタリアの次に美味しいのは日本のパスタであるという。
しかし、今でこそ「パスタ」と言えば誰もがイタリアという国を思い浮かべるが、三〇年ほど前、まだ日本で外食産業がやっと産声を上げた頃には、洋食と呼ばれた料理は「フランス料理」を指した。しかも、そのメニューの中にスパゲティが存在したのである。
俗に言う「外食元年」、つまり一九七〇年以前のパスタ商品は、いわゆるケチャップ和えである「ナポリタン」と、イタリアのボロネーゼが米国に渡った後に日本に入ってきた「ミートソース」が二大定番商品であった。ごく一部のレストランなどを除いて、当時は外食店の大マーケットであった喫茶店など、街の飲食店で提供されるパスタ(スパゲティ)は、ほとんどこの二種類であったと言っても過言ではない。
そして一九七〇年以降、現在のファミリーレストラン(FR)チェーンが続々と一号店を開業し、多店舗化を進める中で、このナポリタンとミートソースを中心としたパスタ商品は、安定した売れ行きをみせる定番商品としてメニューを飾った。
これと同時期に、繁華街では「スパゲティ専門店」と呼ばれる業態が次々と生まれ、人気を集め始めた。スパゲティ専門店には、大きくふたつの流れがあった。ひとつは「カルボナーラ」や「ボンゴレ」「ペスカトーレ」「バジリコ」といった、イタリアのパスタを日本風にアレンジした新商品を揃える洋食系スパゲティ専門店であり、もうひとつは、日本の素材や味付けを加えた「和風スパゲティ」という新カテゴリーを生み出した「壁の穴」や「五右衛門」などのスパゲティ専門店である(「壁の穴」の創業は昭和24年だが、やはり大きく飛躍したのは、この時期スパゲティ専門店ブームの影響が大きい)。
この「和風スパゲティ」ブームは「たらこスパゲティ」という、わが国独自の画期的な大ヒット商品を生み出し、以後、FRなど多くの飲食店が「たらこスパゲティ」をパスタ商品の定番に加えて今日に至っている。
多くの「スパゲティ専門店」は、メニューの品揃えを豊かにし、競合店との差別化を図る目的で、さまざまな新商品を次々と開発したため、わが国の洋食業態において、単品で食べるパスタ(スパゲティ)商品のバラエティはこの時期に広がった。また、スパゲティという商品が新しい魅力を打ち出したことで、スパゲティ専門店以外の店も、次々に採用し、この時期にパスタ(スパゲティ)のマーケットは大きく脹らんだのだ。同時にポジショニングから言っても、都心の繁華街立地は比較的小型のスパゲティ専門店が、郊外マーケットはFRが、それぞれ棲み分けをして成立していた時代であり、ある意味、外食産業の高度成長期であったとも言える。
しかし、この時期のパスタは、決して現在のイタリアンで言うパスタではなく、わが国独自の麺類である「うどん・そば」や「ラーメン」と同じように、あくまで単品で食する一品料理だった。
こうした専門店の時代がしばらく続いた後、一九八〇年代の半ばに「カプリチョーザ」という、まったく新しい業態の「イタリアン系パスタ」店が生まれ、爆発的なヒットを飛ばし、パスタ市場は大きな転換期を迎えた。
カプリチョーザは「ダブルポーション」と呼ばれる「大盛り(二人前)」の料理を、通常の一・五倍程度の価格で提供するスタイルで、ライスコロッケなど、目新しいイタリアンの独自商品も取り揃えて若者の人気を集めた。
同時期、生パスタを売りにした小型のパスタ店として「オリーブの木」が展開を始めている。
そして、一九八〇年代も終わりに近づき、日本経済がバブルに突入する中、東京・恵比寿の「イル・ボッカローネ」と、同じく世田谷区三宿の「ラ・ボエム」という、イタリアン業態の方向性に大きな影響を与える二つの店舗が開店する。
この時期から、パスタを扱う外食店の業態は多様化する。
一九九〇年ごろには「イタめし」という言葉が流行し、一躍「イタリアン」ブームが到来する。九〇年代の半ばには景気低迷のあおりから、低価格な、いわゆる「カジュアル・イタリア
ン」業態が次々と登場し、また「価格破壊」の流行下、「サイゼリヤ」がメニュー価格をいっせいに引き下げて急速な店舗展開を始めた。
同時期に、テレビ番組「料理の鉄人」がスタートし、一躍料理人ブームが巻き起こる中、「料理人の名前を冠した有名イタリアン店」が次々とメディアに登場し、逆に八〇年代までにヒットした業態の多くが、競争力を失って市場から撤退した。
そして現在、パスタ商品は、また新しいステージを迎えつつある。
まず、必ずしもイタリアンを意識しない、比較的低価格なパスタ商品を提供するチェーン業態の出現である。この中には、「ワンコイン=五〇〇円」の価格帯を基準にチェーン化を進める企業や、現在ブームの「カフェ」で提供されるパスタ商品も含まれる。そして、「すかいらーく」社が都心型の新業態「 ガスト」で、パスタメニューを外したこと(麺類メニューとしては「うどん」がある)も大きな変化だ。
「パスタ=イタリアン」というだけでお客が呼べた時代は終わり、和食の麺類やラーメン、アジア系のビーフンやフォーから、春巻きに至るまで、これからの洋食パスタは、世界の競合商品と互角に戦っていかねばならない。
洋食業界全体が、大きな再編のうねりの中にある現在、「パスタ」もまた、その位置づけを大きく変えていくことになる。