食品企業におけるパーパス経営の先進事例:エスビー食品・池村和也代表取締役社長に聞く

調味料 キーパーソン 2026.04.30 パーパス経営号 01面
池村和也代表取締役社長

池村和也代表取締役社長

創業理念「美味求真」

創業理念「美味求真」

コーポレートメッセージ「そこに、スパイス&ハーブ」

コーポレートメッセージ「そこに、スパイス&ハーブ」

◇エスビー食品株式会社 代表取締役社長 池村和也氏
(社員の方)

聞き手:新井ゆたか(消費者庁長官)、加藤孝治(日本大学教授)

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加藤:今回はパーパス経営に関わるお話しとして、5つの質問を挙げさせていただきました。最初に、パーパス作成のプロセスについて教えてください。

池村社長:当社の現在の理念・ビジョンに関する取り組みは2014年に始まります。小形博行前社長(当時は、管理サポートグループ担当常務取締役)が経営企画室を作ろうと考えた2014年当時、私はマーケティングの仕事をしていたのですが、声が掛かり2015年4月に初代経営企画室長になりました。最初に手がけた仕事は、創業100年(2023年)を迎えるにあたり、次の100年に向けた新しい企業理念を作ることでした。100年の間に社員数も1,500人という大所帯になっていましたから、次世代に向けて、会社と社員が考え方や判断基準を共に持つことが重要だと考えました。当初は会社といっても小さな規模でしたが、成長を続けたことから、会社と経営者と社員がみなで共有する思いが必要になると考え、これからの100年を乗り切るために企業理念・ビジョン作りを始めました。プロジェクトリーダーは前社長でしたが、実質的には経営企画室長である私が実務のリーダーとして、メンバー2人と一緒に1年間かけ取り組みました。

「食卓に、自然としあわせを。」

加藤:経営企画室を作ったときの最初のミッションが、それまでの理念「美味求真」を、新しい時代に合わせて具体的なものにするというものだったということですか。


 池村社長:最初のミッションとして、企業理念とビジョンを作成し、次の年度に第1次中期経営計画を作りました。
 企業理念の「食卓に、自然としあわせを。」は、「食卓」「自然」「幸せ」という3つの言葉で構成されています。当社の事業は植物と食のサステナブルな事業であり、その発展を通じて地球と共生しているということを伝えています。私たちのほぼ全ての製品にはスパイスとハーブが使われています。スパイスとハーブは、植物の木の実や葉、樹皮、根などです。つまり、太陽光をたっぷり浴びて光合成をして二酸化炭素から酸素を生み出している植物からの収穫物です。それらを加工し、S&Bのマークをつけ、その製品が世界中に行きわたり、食卓を通して人々の暮らしに役立てる、これが私たちの事業です。
 私たちのビジネスを通じて得られた収益は当社の人件費、設備投資、研究開発に充てると同時に、取引をしている全世界にいる農業生産者の方々の収益にもなっています。農業生産者の方々は、その収益を使って、種を植えて、また植物を育てていきます。こういう社会循環の一部を担う会社だということを全社員が理解する必要があると考えて、「食卓に、自然としあわせを。」という企業理念を作成しました。
 さらに、その理念をより具体的なメッセージとして社員が理解できるように、「『地の恵み スパイス&ハーブ』の可能性を追求し、美味しく、健やかで、明るい未来をカタチにします。」というビジョンを作りました。今までの100年は「美味しい」ことを重視してきましたが、次の100年は「健やか」で「明るい」未来をカタチにする、という宣言をしました。そして、このビジョンを「悠久の歴史」「医食同源」「私たちの想い」という3つの構成で、次なる100年に私たちは何をやるのかということを当社の企業サイトでも示しました。

次の100年に向けて企業理念を変える

加藤:「美味求真」という創業理念と、企業理念「食卓に、自然としあわせを。」はどのように関係しているのでしょうか。これまでの企業行動を結実させていく形で出てきたのか、当時の経営企画室のメンバー、あるいは経営陣、社員の方々とのディスカッションを経て、紡ぎ出されたものでしょうか。

池村社長:新しい企業理念は経営陣とともに当時の経営企画室メンバーの議論によって作り上げました。現段階の企業のビジネスモデルや商品構成をベースに、次の100年に向けて、どういう姿を目指すのかを考えて作りました。この新しい企業理念を作った年に、創業家の山崎元社長から、小形前社長に交代しました。なお、創業家は当時社主という形でしたが、創業の理念を見直し、新たに企業理念を作り上げることについては前向きでした。作業を進めていくなかで、社主から、「これからを担う君たちが全て決めて進めていきなさい」という言葉をもらい、当時の企業理念を変えても構わないと後押しをしてくれました。

加藤:企業理念を作り上げていくなかで、社内的に認めて頂く過程はどういう形で進められましたか。社員の方々にこれを我が社の企業理念とするという納得感はどのようにして得られましたか?
 池村社長:考え方の整理は経営企画室中心で進めましたが、今ではこの創業理念、企業理念、ビジョンが全ての戦略や戦術の念頭に置かれ、全社員に定着しています。社内の会議や各種施策の検討においても理念とビジョンを使い、生産現場を含めて社内で意識されています。私たちは植物と食に基づく事業により社会に貢献している会社だということを社員は理解し、理念とビジョンに沿った形で働いています。

新井:新しく作られた企業理念・ビジョンについて、どういう形でお披露目されたんでしょうか。

池村社長:小形前社長は2016年6月の株主総会で常務から社長に就任しましたが、その就任後の新体制になったタイミングで発信しました。

新井:新社長に就任したタイミングでお披露目するというのは、それまでの体制から変わり気分刷新ということでわかりやすいですね。経営企画室が社長就任に先だって、下準備をしていたということですね。

池村社長:そうですね。小形前社長が就任する際に、従業員経営へと変わっていくターニングポイントであるとご自身が認識し、中期経営計画を作らなくてはいけない、経営企画室を作らなくてはいけないと考えたのだと思います。さらに、経営企画室が理念やビジョンが大事だという意見を出したときに、その考えも理解した上で、自分が新社長になったときに合わせて、「エスビー食品はこう変わる」ということを発信したのだと思います。

自分たちで作り上げる社風

加藤:理念やパーパスを作るとき、上で決めて落としていくケースと、社員とディスカッション・ミーティングを経ながら作り上げていくパターンがあります。創業家経営から従業員経営に切り替わるという大きな体制変更とともに見直され、第二創業的な形で新社長が着任し、新たな理念を打ち出されたと考えれば良いでしょうか。逆に、社内の不安な気持ちに対して、今後はこの理念・ビジョンに基づいてやっていけばいいという共感が得られたということでしょうか。

池村社長:現在の創業理念「美味求真」は創業時からありましたが、これは今も変わることのない私たちの姿勢です。一方で、事業環境が変化し、ニーズが複雑化していくなかで、これまで通りのやり方が通用しない時代になっていました。先にも述べました通り、これまでの100年は美味しさと便利さを追い求め、お客様に認めてきていただくことができました。これから先の100年もお客様から選ばれ続けるためには、美味しさだけでなく、健やかさ、そして社会・地球環境への貢献という視点も欠かせないという考えのもと、私たちの存在意義・使命として企業理念を設定しています。小形前社長とともに課題と考えていたのは、やはり羅針盤が必要だということでした。その点については、私たちもとても勉強しました。他社の経営企画室の取り組みや理念をたくさん学びました。そして、経営企画室メンバーで様々な議論を重ね、たどり着いたのがこの理念とビジョンです。新体制でこれを宣言したことで社内に広がっていきました。

加藤:なるほど。創業家経営から従業員経営へとシフトするとともに、企画・IRに対応する体制が整備されています。新たに就任した社長とブレーンが一緒になって企業体制をモデルチェンジして、理念・ミッションを社内で作り上げてきたんだと理解しました。

池村社長:「自分たちで作り上げた」とお話ししました通り、これはエスビー食品の社風ともいえるのですが、自分たちで作り上げるというのは社内で昔から連綿と続いています。例えば、私は8年間商品企画をしていますが、その部署で発案から企画まで全て自分たちで作り上げてきました。

新井:自前主義なんですね。

池村社長:それが良し悪しは別として、本当に自前主義でやってきました。

社内広報を繰り返し社員と思いを共有する

新井:創業時に作られた創業理念と社内で新たに作り上げてきた企業理念を、現在の企業経営にどのように活かしておられますか。経営サイドで作ったものを、社員がどのように受け入れてきたのかということです。パーパス経営・理念に基づく経営において、トップが作ったとしてもそれを社員が受け入れられなくては意味がありません。その過程について教えてください。

池村社長:私たちが新しい理念を掲げて進み出したときに、社内で「これは何だ」という雰囲気はありませんでした。むしろ、納得感の方が強かったと思います。

新井:新たに出てきたものが、自分が期待していた通りのものか、少しずれているな、という受け止められ方をする場合もありますよね。

池村社長:もちろん、最初から100%理解されているということではなかったですが、受け止めて理解していこうという感じから始まったのではないかと思います。

新井:それを、社員が理解して共有する過程というのがありますよね。社長・経営陣の思いと社員の思い。この理念に対し、社員の方に向けて、積極的な説明活動などをされましたか。

池村社長:繰り返し伝え続けることをしました。幹部社員に対しては、社内で半年に一回行われる全体会議の場で丁寧に説明していきました。加えて、動画やポスター、手帳に入れる小さなカードを製作しました。

加藤:社内広報を繰り返し実施することで、新生エスビー食品になっていくことを社員と共有されたということですね。その結果、社員の気持ちが、「これは何だ?」と言って離れていくのではなく、求心力が高まることとなったということですね。

池村社長:そのときは水が染み込むように浸透していきました。そういう意味では、タイミングも良かったのだと思います。

新井:社員の皆さんも、他社には、なんかいろいろ作っているらしいけど、うちにはなくてもいいのか、みたいなざわざわした感じがあったということですね。

加藤:御社が新しい企業理念づくりに取り組まれた2015・16年のころの状況を確認したいのですが、御社は1961年に上場していますから、マーケット・投資家からの要請はどういう状況だったのでしょうか。当時は既にESG経営が言われるようになっていた時期だと思います。もの言う株主も出てきていましたから、広報やIRのセクションの方々は、投資家の方からいろいろ言われはじめた頃ではないかと思いますが、いかがだったでしょうか。

池村社長:当社は上場していましたが、投資家との面談を始めとするIRの取組みは現在ほど多くはありませんでした。

新井:そういう意味では、当時はまだIR活動に本格的に取り組む前の段階だったということですね。

池村社長:そうですね。市場や投資家を含むステークホルダーとの対話については課題として認識していました。どちらかというと派手な発信よりも事業の中身を着実に積み上げる企業という印象だったのではないでしょうか。投資家からの質問もそれほど多いわけではなく、長い歴史と安定した事業基盤を持つ企業として見られていた一方で、積極的な情報発信という面ではまだ発展途上だったかもしれません。

新井:今のお話を聞くと、食品企業にありがちな消費者のブランド認知度とのずれというものを感じますね。御社の消費者のブランド認知度は高いのに、市場からの認知度は相対的に低い。ギャップがある気がします。

池村社長:そういう意味で、前社長の時代のスタートがターニングポイントとなり、市場に対して積極的に働きかけていかなくてはという意識になりました。

会社のために社員が立ち上がる

池村社長:先ほど、これまでに社内で社員を巻き込んで、みんなで作り上げようという取り組みをやらなかったのかというご質問がありましたが、未来に向けて進めていることがあります。今年も実施しますが、年に一回、会社の未来を語り合うワークショップを社員有志で開催し、プロのファシリテーターを招いて意見交換を行っています。昨年は、私も神奈川県の施設に泊まり込みで参加しました。
 先々は今の若い世代の社員が会社を引っ張っていく立場になっていきます。私たちの世代がいくら100年後のことを語っても、そのときに私たちはいません。次の世代に向けて会社自身が変わっていかなければなりませんから、若い人たちを中心に未来を語り合い、未来の姿を作り上げてもらうワークショップを継続して進めているところです。

加藤:なるほど。以前にはそのような考えがなかったため、当初は反発もなかったが、その後、社員の中に意識が入っていき、概ね10年が経ったところですね。若手世代へシフトが進んでいるなかで、考えをそのまま受け入れるのか、もう一度問い直すのか、という議論もあるのでしょうか。
 池村社長:問い直すというより、すでに浸透していると捉えています。例えば、理念やビジョンを変えるべきだという意見が上がれば、柔軟に検討します。理念やビジョンも、時代や事業環境の変化に応じて見直すことをためらわない姿勢でいます。

新井:2016年に新しい体制が出来上がって揺らん期があって、その後、定着期、発展期と移っていきます。おそらく3つのステージで考えると、御社の現状は定着期と発展期の間くらいでしょうか。人が入れ替わり続けるので、定着と言いつつも新しい人はゼロから入ってきますよね。理念に基づいて、商品開発でも念頭に置く、そこから新しいアクションが起きているなら発展期でもある、と。

池村社長:毎年完成した統合報告書を見ると、社員がこの企業理念に沿って、さまざまな取り組みを充実させてくれていると感じます。さまざまなタスクフォースやプロジェクトが立ち上がっていますし、環境問題などへの取り組みも現場発の提案で進んでいます。

新井:提案型でいろいろな取り組みが出てきたということですね。

加藤:統合報告書で記載されているさまざまな取り組みについて、各執行役員の発言を見ると、社長および役員と現場との間が近い印象です。ミドル層のリーダーシップがうまく機能しているように感じます。

池村社長:私も役員も細かく指示はしていません。それぞれの取り組みは現場から発生し、社員がプロジェクトオーナーとなって進めています。サステナビリティ委員会の下には5つの部会があります。5つある部会が、サステナビリティに関する目標の設定や進捗状況の評価を主体的に進めています。こうした取り組みは2018年頃から始まり、この5~6年のことです。理念・ビジョンが定着し始めた頃から、社内から湧き上がってきているというイメージです。皆がいろいろな形で学んでおり、必要な枠組みがなければ発案して、部会を作っていきました。

新井:やや大らかな進め方ですが、それが良いのかもしれませんね。なるほど、定着期から発展期へ入っている感覚がよくわかりました。

池村社長:まさに、小形前社長が2016年に「このタイミングだ」と言って、1年かけて常務から自分のスタートのために準備したということです。

新井:池村さんは準備を担った側ですね。その準備が結実し、だんだん大きくなっていくのを見ているということですね。

池村社長:小形前社長は、池村だったら勝手に何でもやっていくだろうと考えたのかもしれません。話を盛り上げていくにはちょうど良い、と考えて、任せてくれたのだと思います。

加藤:なるほど。すべてトップダウンではなく、最初のひと転がしを進めた後には、2018年、19年あたりから現場が自律的に動き始めたということですね。

池村社長:社員みんなが「会社のため」という気持ちを強く持っているのだと思います。当社の社員はそういう意識が強いと感じます。

ブランドを守るエスビー食品愛

新井:エスビー食品愛というのは、一言で言うとどういう愛だと思いますか?会社のため、ということですか。

池村社長:即応性が高く、チームで機動的に動く風土があるという面では、そういう側面もあるかもしれませんね。最近は、日本社会全体としてカルチャーが変わってきていますよね。

加藤:他の食品メーカーからは、食品産業には安定志向の人が多いと聞きます。新卒で食品業界を選ぶ時点で、IT産業のような最先端を志向する学生よりは、安定を好む傾向がある、と。

池村社長:世代によって特徴はあります。最近は熟慮型で対話を重視する傾向があると感じていますが、多様なスタイルを尊重することが重要だと思っています。

加藤:昭和の時代から仕事をしてきた方からすると、少し物足りなさを感じることもありますか。

池村社長:私たちの世代は、あまり考えずに突き進むところがありました。エスビー食品愛は強かったですが、「確立された強みを着実に伸ばしていく」という堅実な姿勢が根底にあったと思います。しかし、現在のように変化が大きく、道が曲がりくねっていく状況になったときには、柔軟に変化に対応していくことが重要だと感じています。

加藤:エスビー食品愛というのは、商品が好き、ということですか?

池村社長:商品に誇りを持っているのは事実です。自分たちで買い物をするときも自社製品を優先して購入する、というこだわりはありますね。

新井:ブランドロイヤリティーが高い。それが良いところですね。

加藤:その精神を、創業理念がよく引っ張ってきたなという印象があります。

池村社長:100年の歴史があり、精神的にも強いブランドだと思います。

新井:これは、簡単に真似できない秘密の粉の力にもよりますか。

池村社長:秘密の粉と称されるカレー粉を日本で初めて、創業者が発明したのが私たちの原点です。その技術と品質へのこだわりが、100年以上にわたってブランドを支えてきました。カレーライスはいまや日本の国民食になりました。

加藤:今では、世界の日本食という中で、スシ・テンプラとカレーライスが並べられるようになってきていますよね。

池村社長:社員の心の中には「絶対にどこにも負けないカレーのブランドだ」という思いがあります。

「スパイスとハーブ」から離れない距離感での商品開発

新井:先ほどおっしゃったように、会社のイメージとして「スパイスとハーブ」から離れない、という点がある。御社のほぼ全ての商品には何らかの形でスパイスとハーブが入っているとのことでした。このイメージから離れない絶妙な距離感、粘着度のようなこだわりを感じます。新商品でも、例えばハーブティーなど、原料の選択肢が広いからこそ展開の幅が広がるんですよね。国内生産者もいれば、途上国の農家が作っている原料もある。多様な切り口が考えられますね。

加藤:香辛料・調味料系の領域で、スパイス&ハーブにこだわり、さまざまな切り口に広げつつも、核心からは離れていないということですね。

池村社長:スパイス&ハーブは当社の最大の強みですので、その強みを最大限に活かすことが当社ならではの提供価値につながると考えています。

新井:だからこそ、原材料を活かした味付け調味料なども可能性はあるものの、大きく逸脱はしない。「規(のり)を超えない」面白さがありますね。

海外へ「S&B」ブランドの認知度を高める

加藤:少し話しを戻すと、2016年に理念を作って、ボトムアップとトップダウンがうまく混じり合ってきたというお話がありました。このとき、お取引先や海外の関係者は、新生エスビー食品の動きをどう受け止めたのでしょうか。

池村社長:海外事業に関して言えば、当社の海外での活動に関する社外発信は、ここ数年で本格化したところです。ある調査結果を見ると、海外ではゴールデンカレーの認知度が非常に高い一方で、それがエスビー食品の商品であることが十分に知られていないことがわかりました。まずは「S&B」という企業ブランドの認知を高める必要があります。そのため、2024年より新たに海外向けブランドメッセージ「Authentic Taste of Japan」を掲げ、海外でのプロモーションを展開しています。ジャパニーズカレーのブームもあり、海外売上は拡大しています。
 さらに、それぞれの国や地域の特性に応じた製品開発やマーケティング活動を進めています。例えば、イギリスとアメリカではゴールデンカレーのパッケージが異なります。イギリスではジャパニーズカレーといえばカツカレーという認知が高いため、パッケージのシズルにもカツカレーを採用しています。

加藤:なるほど。海外のバイヤーなどのステークホルダーも、2016年以降の新生エスビー食品の変化を見ているわけですね。そして、概ね好意的に受け止められている、と。

池村社長:そうですね。比較的、好意的に受け止めていただいていると思います。実は、経営者が海外のステークホルダーと直接会って話をする取り組みは、私が社長になってから本格的に始めました。以前は市場調査が中心で、ステークホルダーと会う機会は多くありませんでした。

インスタグラムのフォロワー数で他社を圧倒

加藤:新しい企業理念が示され、若い社員が知恵を絞って活性化している今のエスビー食品は、活気があると映っているのではないでしょうか。

池村社長:当社にとって追い風となったのが、日本食ブームです。例えばアメリカでは現在、ウォルマートの全店舗にゴールデンカレーが導入され、販売は好調です。ただ、導入初期は売れ行きが伸びませんでした。そこで、SNSでレシピ発信をするなどの取り組みを始めました。結果として反応が良く、当社の米国インスタグラムアカウントのフォロワーは10万人を超えました。

新井:何が人々の心をつかんだのでしょうか。

池村社長:カレールウを使うと自宅で簡単に日本の日常食であるカレーが作れる、というわかりやすい価値提案が評価されたのだと思います。

「世界の最も信頼される会社1000社」にランクイン

池村社長:デジタルマーケティングを活用する中で、想定以上に若年層のファンが増えたのは驚きでした。

加藤:SNSの発案者は、社員の方ですか?

池村社長:米国に駐在する若手社員が発案しました。私は海外事業部の担当取締役として決裁しますが、具体的な発信方法や体制は現場に任せています。国によって効果的なSNSの種類や販売商品は異なるため、その都度、担当社員が最適なやり方を考えています。

加藤:それでこんなにフォロワーが増えていくのですか。

池村社長:2023年、米国のニューズウィーク誌から「世界で最も信頼される会社」にエスビー食品がランクインしたとの連絡がありました。フード&ビバレッジ部門で、2023年は世界9位、2024年は世界18位でした。世界中で販売されるゴールデンカレーやねりわさびの評価、そしてSNSでの発信も影響したのではないかと考えています。

※編集部注:2023年⇒Food & Beverage部門で世界第9位:https://rankings.newsweek.com/worlds-most-trustworthy-companies-2023

2024年⇒Food & Beverage部門で世界第18位:https://rankings.newsweek.com/worlds-most-trustworthy-companies-2024

新井:海外のスーパーに行くと、必ず御社のカレールウを見かけます。

世代の断絶を防ぐ

加藤:SNSを活用する若手と、社長の意識の差は小さいように感じます。

池村社長:若者の感性に追いつかなければいけない、という意識は常にあります。

加藤:社内で世代間の断絶が起きず、一体感が醸成されているのですね。

池村社長:幹部や管理職には、私自身の言葉で、若い人たちにやりたいことややるべきことを考えてもらい、そのリスクは私たちが引き受けるものだ、と伝えています。定期的に開催される幹部社員会議でも、企業風土の変革について繰り返し発信しています。

新井:若い世代の取り組みを、上の世代が妨げない、という姿勢ですね。

池村社長:若い人たちの感覚や言葉を理解し、耳を傾け、対話すること。良いものは残し、若い世代の提案も理解した上で、選択していく。世代間の意識の違いで分裂してはいけません。SNSやインフルエンサーの施策についても、積極的に活用する世代の提案を取り入れています。やってみないと結果はわからないですからね。

クロスファンクショナルなチーム組成

加藤:トップが目を配りつつ、現場では長期テーマに向けたいくつものミーティングが自然発生的に行われている印象です。具体例はありますか。

社員の方:現在、サステナビリティ委員会とリスクマネジメント委員会が活動していますが、どちらも、今の時代に必要で、企業の持続的成長に不可欠だという認識のもと、社員の意識で立ち上がりました。サステナビリティ委員会は、社内からの強い要望でスタートし、メンバー構成の提案を取締役に上げて実現しました。

加藤:このとき声を上げたのはどの層の方ですか。

社員の方:発案者は管理職でしたが、40代の方々でした。現在の委員会は幅広い年代で構成されています。

加藤:上からの指示ではなく、若い社員のエスビー食品愛から出てきた取り組みだということですね。

池村社長:若い人たちが積極的に進めてくれています。サステナビリティ委員会の中に人権部会が設置されましたが、これも社員の提案でした。当社はスパイスやハーブを世界各地から輸入しているため、生産国や生産者に配慮した取り組みが必要だという指摘がありました。

加藤:管理職に対して、その部署から何人を委員会に出すように指示をするというわけでもなく、希望者が手をあげるという方式で集まっているのですか。

池村社長:同好会のようにならないよう、会社としても正式に位置付け、担当が変われば人事発令も行います。本務と別にタスクフォースとして任命しますが、希望者は確実に任命しますし、通常業務との関連が深い人材にも声をかけます。海外調達を担う仕入れ担当者など、知見がある人が入ることもあります。人材の固定化は避け、勉強の機会として定期的に入れ替え、希望もできるだけ叶える。もちろんそれらの活動は業務時間内に行います。

加藤:こうした活動は、「マテリアリティ」や「中期経営計画」との整合も取れているのですね。

池村社長:そうです。時には社員から厳しい指摘をされることもありますが、私自身も常に学ぶ姿勢を忘れないようにしています。

加藤:誰が見ても重要と思えるテーマが、御社の統合報告書にきちんと並んでいるなと思いながら見ていました。だから社員から自然発生的に委員会やミーティングが生まれてくるのですね。

池村社長:前社長就任時に新しい企業理念ができてからの流れが続いています。現場のメンバーは理念やビジョンはある、でもここが足りない、という形で議論を進め、統合報告書の必要性なども現場から提案されてきました。

加藤:いろいろ部署があり、それに対し、いろいろチームが横串で刺さっている状況になっているという感じですね。タスクチームはいろんな形で横串に刺さっているというように見えます。

池村社長:そうですね。私の信念として、クロスファンクションを重視しています。自部署最適が強すぎると全体が弱る。そこで部門横断のクロスファンクショナル会議を始めました。その運営は執行役員や幹部に任せ、課題を率直に共有し、改善に向けてオープンに対話することを前提としています。実際に活動の成果が出始めていますので、こうした部門横断での活動は継続するべきだと考えています。

会社全体を「自分ごと」にとらえる

新井:社員は何人いますか。

池村社長:グループ全体で2,000人、単体で1,500人ほどです。

加藤:工場とか現場も含めて、ですね。 

加藤:クロスファンクショナルなチーム組成で、御社はかなり成果を上げている印象です。商品数はどのくらいありますか。

池村社長:家庭用・業務用、国内外を合わせて約3,000品目の商品があります。

新井:3,000品目はすごいですね。

池村社長:ハンドリングするだけでも大変ですから各所で課題が生まれます。これまではセクショナリズムで見えにくかったものが、クロスファンクションで見える化され、無理・無駄・ムラが減ってきました。

加藤:商品分野にこだわりながらも、生産や計画の観点では横串で改善を図る。社員が会社全体を「自分ごと」として考えるようになっている、ということですね。エスビー食品愛は、商品へのプライドとして表れ、SNS発信やアイデア提案につながっている、と。

池村社長:そのようなイメージです。2023年の創業100周年では、新たなコーポレートメッセージ「そこに、スパイス&ハーブ」を制定しました。「健康でしあわせな暮らしへの貢献」と「地球環境への貢献」。その2つが重なるところにスパイスやハーブがある。この思いをステートメントとして社内外に発信しています。アップサイクル製品の開発・販売や、機能性健康食品の研究開発も進めています。科学的エビデンスに基づき、スパイスやハーブの機能性を発信し、人々の健康にも役立てていきます。それが人間善であり地球善であると考えるからです。

新井:人間善と地球善。もともとスパイス&ハーブは薬草ですからね。

加藤:このメッセージを100周年の機会に打ち出されました。それを社員の皆さんが自分の言葉として受け取り、チーム活動や提案活動へと展開しているのですね。

池村社長:会社貸与のパソコンを持つ社員は会社からの発信をタイムリーに確認できますが、製造現場ではそうもいきません。すべての社員に方針が伝わるよう、工場を訪問し、対話の機会を作るよう努めています。

生まれ変わった新しいエスビー食品

新井:コア・コンピタンスが明確だからこそ、全社で協調しやすいですね。

加藤:創業100年というと、制度疲労があってもおかしくないのに、実際には「新生エスビー食品」として10年目くらいの若さを感じます。歴史のある強いブランドを持ちつつ、社員の感覚は生まれ変わったように若い、と。

新井:スポンジが新しい水を吸い込むように変わっていった、ということですね。

池村社長:現在の理念やビジョンの浸透に向けた会社の取り組みの本気度を、社員が感じてくれたのだと思います。

加藤:取り組んでいらっしゃる内容とか社員に任せているという話しは、会社としての若さをすごく感じますね。

池村社長:前社長の考え方はアカデミックで、私はどちらかというと現場感覚や直感を大切にするところがあるので、「自分たちで考えて取り組まなければいけない」と主体的に動いてくれている社員が多いのだと思います。そういった点は、当社の強みの一つですね。

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