榊真一郎のトレンドピックアップ:陰りあり!同時同卓という幻想
同時同卓という言葉があります。ご存知のように一つのテーブルでいただいた注文は、できるだけ同じタイミングで提供するという、サービス上の原則です。確かに何人かで行って自分一人の料理だけが始めに来たりすると、バツが悪い思いをする。逆に自分の料理だけ何分も遅れてやって来ると、アンラッキーだなと思ったりする。だから、できるだけ同じテーブルの料理は同時に出そうと心掛ける気持ちは分かる。
ファミリーレストランは、「そのように出来ないことはお客様思いのレストランではない」という思い込みで、メニュー構成や厨房のあり方まで、同時同卓を前提に組み立て直した。今から二〇年ほども前の話です。
ところで、そうした考え方が本当の顧客発想から守られている分には、それはそれでハッピーなことでありますが、何故だか知らないけれど、人は「一度決めたルールを守ることに頑なになる」ことが往々にしてあります。
お客様のために決めた同時同卓のルールを、同時同卓を守るためにお客様が犠牲になってしまっていても、それを見て見ぬふりをする、というようなことが起こってしまう。ファミレスの厨房の商品の出口を注意深く見ていると、こんな光景に出くわすことがあります。
ハンバーグステーキとカレーがすっかり出来上がってカウンターの上に置いてある。「あれは多分、僕たちの注文だ」と分かっていて、すぐ持ってきてくれれば出来立てが味わえるのにな、と思っていても、それはそこに放置されたまま。
何故かというと、もう一人分のグラタンが出来上がっていないから、それが出来上がるまでお店の人は持ってこようとしない。同時同卓が守れなくなるから。
変でしょう? そういう考え方。しかし、人はルールを守ることで評価されると思うと、平気でそうした不都合を守り通そうとする。
もっとひどい店になると、同時同卓が守れるような商品構成にしてしまう。すべての料理が同じくらいの調理時間で作って提供できるように、平気で作り置きしたり冷凍食品を使ったりする。
こうなると、「美味しいものでおもてなしする」飲食店の大原則を忘れてまでも、同時同卓というシステムを守るという愚行を犯してしまうこととなるわけです。世の中のほとんどすべてのファミレスの料理が美味しくなくなってしまった最大の理由の一つであろう、と思います。
「アカシア」という洋食屋さんがあります。東京・新宿で昔から、ロールキャベツが美味しいと有名で、お腹一杯を手軽に楽しむことのできる愛すべきレストランです。
この店は、同時同卓を守らないことが当たり前の店。ファミレス的感覚からいうと完全に失格。お客様に迷惑をかけて当然という不届き千万なる店であります。
でも、この店が同時同卓でありえない理由は、「料理によって調理時間が違うのは当たり前」という、本当に当たり前なことを当たり前だとした上で、しかしながら美味しい料理を作ることに一生懸命であるからなのです。
例えば、エビフライを頼みます。おそらくこの料理を頼んでしまうと、他の料理が提供された後、最低でも五分は待たされることになる。ロールキャベツや他のグリル料理は結構すぐに出てきてしまう。
なんでエビフライだけが? と言えば、それはまず注文が入ってから皮を剥き、卵をつけてパン粉をはたき、それからじっくり揚げ始めるから。フライ物なんてのは、揚げたてより何よりも、パン粉つけたてが一番美味しいのであって、だから彼らはその美味しさの基本に忠実であることを選び、同時同卓であることを捨てた。だから美味しい。
ファミレスなんかの、同時同卓であるために「凍った物を揚げて当然」と思ったり、パン粉を付け置きした素材を揚げたりするような、人を騙すような商品から比べれば非常に当たり前に良心的で、だからうまい。
エビフライがやってくるのを待っている間、それじゃあ、この店のお客様がイライラしながらただ呆然と天井を眺めているのか? いや、一緒に来た仲間の、すぐにやってきた料理に手を出しながら待っている。「揚げ立てのエビフライがきたら一本分けてやるから、ちょっとロールキャベツを頂戴よ」みたいな感じで。
つまり、カジュアルでフレンドリーなレストランというのは、同時同卓なんて本当は必要ないってことなんだろう。
((株)OGMコンサルティング常務取締役)