トップインタビュー:ワタミ社長COO兼ワタミフードサービス社長COO・桑原豊氏
昨年6月にワタミ(株)は、創業者の渡邉美樹氏(現・会長)からバトンを引き継ぎ、桑原豊氏が新社長に就任した。桑原氏は、長らく同社の外食事業をけん引してきた。外食、介護、高齢者向け宅配、農業、環境と「食」を核に事業を拡大してきた同社だが、ここ数年は旗艦業態である居食屋「和民」の低迷が課題となっている。桑原社長新体制と同時に打ち出した進化版の「和民」で復活を目指す。いよいよ深刻さを増す不況に対峙しながら、復活と成長の両方を描くビジョンを伺った。(文責・さとう木誉)
◆人事もメニューも一新 「普段使いの居酒屋」再構築
–(09年)11月10日に第2四半期決算が発表され、桑原社長新体制の最初の成果が出たことになります。ご自身の評価はいかがでしょうか。
桑原 われわれが5月に発表した計画を経常利益で19%上回ることができました。とはいえ売上高は前年を上回れなかったこともあり、満足はしていません。
–桑原社長新体制を印象づける取り組みとして、旗艦業態である居食屋「和民」へのテコ入れがあります。
桑原 昨年4月にオープンした居食屋「和民」渋谷道玄坂店(東京)が、進化版「和民」の1号店です。店舗デザインから収益構造まで、あらゆる点で新しい試みを導入しています。
最初に変えたのは人事です。業態企画も、商品開発も担当者を代えるところから始めました。本気で変わろうとするなら、「根っこ」から変わらなくてはいけません。進化の目玉は商品=メニューの改訂です。前からある商品はたった2品だけ。それ以外はすべて新商品です。
◆女性客の増加は支持の証 価格下げずに品質上げて勝負
–メニュー刷新のポイントを教えてください。
桑原 まず、すべてのドリンクメニューの価格を100円下げました。居食屋「和民」のポジションは「普段使いの居酒屋」ですから、普段使いにふさわしい価格にしようと。逆に料理は、単なる値下げに走ることなく、品質の向上を図っています。以前は人気メニューといえば「枝豆」「フライドポテト」「たこわさ」とどこにでもあるようなものでしたが、変更後は居食屋「和民」だから食べられるオリジナル商品が上位を占めるようになりました。
–現在の人気メニューは何ですか。
桑原 一番売れているのは「鉄鍋餃子」です。そして「黄身とろ牛つくね」「海老とアボカドの湯葉春巻き」と続いています。ギョウザは、これまで100人あたり3食くらいしか出なかった。それを女性にもっと食べてもらおうと、一口サイズに小さくし、具は野菜をたっぷり使いました。そして丸い鉄鍋で「鉄鍋餃子」にして提供したところ、3倍以上売れるようになりました。「黄身とろ牛つくね」をはじめ焼き鳥も同様ですが、串に刺さないで鉄鍋で提供しています。焼き鳥の原価の半分は串を打つ人件費。ところが女性客だけでなく多くのお客さまが串から肉をはずして箸で食べている。それなら最初から串からはずしてご提供すると、肉も増量できお客さまに利益を還元できます。串で提供する代わりに熱した鉄鍋で提供するので最後まで熱々を食べることができて好評です。
–女性客が食べやすい配慮がされていますね。
桑原 実際に女性比率が約4%増えています。業態開発当時は女性比率は高いのですが、年数を経ていくうちにやはり下がってしまう。居食屋「和民」も当初は女性比率55%だった。それが今では40%にまで落ち込んだ。「女性比率を上げないかぎり、全体客層は上がってこないだろう」というのが居食屋「和民」の進化の根底にありました。
◆チェーン店と個人店の長所融合 ワタミ初!ファミレス業態に挑戦
–メニューはどんどん変えて提案していくべきという考えですか。
桑原 グランドメニューは年2回、それから季節メニューを年に6回変えていますが、それに加えて「手書きメニューを入れろ」と言っています。チェーンストアでは普通考えないのですが、「地産地消」メニューも積極的にやっていきたい。すでに40店ぐらいで始めているのですが、漁港から届いた旬の魚をお薦めとして手書きで書いて提供しています。これがお客さまにしっかり支持されている。魚種も数も型もバラバラだけど、何より新鮮でおいしい。マスマーチャンダイジングのバックボーンはしっかりと確立させたうえで、個店対応もできる柔軟性を持つ。チェーンストアの強みと、個人店の強みを兼ね備えて、いつもお客さまに良いものを出し続けていきたいと思っています。
–居食屋「和民」以外では、新業態「ごちそう厨房 饗の屋(きょうのや)」が昨年11月にオープンしました。
桑原 既存業態が厳しい状況を戦い抜く体質づくりを行うと同時に、将来のための種まきを始めています。「ごちそう厨房 饗の屋」はワタミとしては初めての郊外型ファミリーレストラン業態です。既存の居酒屋業態ではフォローできなかったマーケットにチャレンジしていきます。今後4年で55店舗、売上高55億円が目標です。居酒屋業態とファミリーレストラン業態両方のマーケットを軸にできれば、外食事業もさらなる成長戦略を描くことができます。
–ワタミの新たな挑戦ですね。
桑原 一人の外食マンとして、今の居酒屋の現状を危惧しています。このまま低価格競争ばかり加速させてしまっては、居酒屋もファストフードも変わらなくなってしまう。テーブルサービスを通して「豊かさ」や「楽しさ」を提供するのがわれわれの使命だし、求められているものだと考えています。不況が厳しい今だからこそ、本質・理念を大事に取り組んでいきたいという思いを強くしています。
●プロフィール
くわばら・ゆたか=1958年東京都出身。天ぷら屋と質屋を営み、いつもお客で賑わう家庭に育つ。自分の店を持つ開業資金のため78年に(株)すかいらーくに入社し、外食産業の可能性に開眼。98年にワタミフードサービス(株)(当時)入社。営業本部長、ワタミダイレクトフランチャイズシステムズ(株)取締役社長COO、ワタミフードサービス(株)代表取締役社長COOを経て、2009年6月にワタミ(株)代表取締役社長COOに就任。ワタミフードサービス(株)代表取締役社長COOを兼務する。
●企業メモ
ワタミ(株)(本社所在地=東京都大田区羽田1-1-3)創業=1984年4月/資本金=44億1028万円(2009年3月現在)/従業員数=正社員4029人(2009年4月現在)/店舗(外食事業)=居食屋「和民」「わたみん家」「T.G.I. Fridays」ほか8業態 合計641(2009年10月末現在)/公式サイト=http://www.watami.co.jp/
●事業内容
居食屋「和民」「わたみん家」を中心とする外食事業のほか、2004年には介護事業へ進出し「レストヴィラ」「レヴィータ」など44の有料老人ホームを開設(09年10月現在)し、既存施設約95%と高い入居率を維持している。また2002年から本格的な農場経営にも進出し、今年4月には8つめの有機農場を大分県臼杵市に新設する。環境への取り組みとしては、店で出た生ゴミを堆肥化した後、自社農場で使用し、収穫した食物を店で提供するリサイクルループの確立を目指す。6月には、居酒屋業界で先陣をきって農林水産省、環境省から認証を取得予定だ。