トップインタビュー:柿安本店・赤塚安則社長

1997.11.03 139号 5面

――まず、この低迷期を乗り切るための対策をお聞かせください。

赤塚 どこでも言われていることですが、やはり「おいしさと値打ち感」でしょうか。うちのお客さんはピラミッドを想定すると頂点に近い層が主ですが、最近ではそのレベルを少し下げてもいいと思っています。

それには旧態然とした高級日本料理に固執することなく、若い人に合わせた料理の改革も必要。九五年には、ファミリー客にも気軽に利用してもらえる郊外型レストランの「柿次郎」をオープンさせました。料理も牛肉せいろ蒸し、いろり焼き、麦とろなどバリエーションも多彩ですよ。

ほかにも気取らない「牛丼」の店も模索中ですし、いろいろ勉強して新しい戦略をもって臆せず挑戦してゆきたいですね。

もっとも低価格競争に加わるつもりはありません。一時的には安い方へ流れても一年で必ず戻ってくる確信はあります。人間やはり、「おいしいもの」が一番ですからね。

――では、その「おいしい」定義はというと。

赤塚 一言で言うと、そのまま食べても美味なる新鮮な素材。たとえば天然のアユを刺身にするか、塩を振っただけで網焼きにするか。これが最高においしい食べ方です。

松阪牛でいえば、子牛から吟味して選び、特別なエサを与え育てる。要はこういう課程が必要なんですね。オーストラリア産にない伝統のうまさ。日本が誇る松阪肉を全国に知らせることが自分の使命だと思っています。

――では、事業展開についてどうお考えですか。

赤塚 実は家訓が「宣伝はするな、おいしいものはだまっていても知れわたる」。しかし三代目の父が亡くなり、自分の代になって都市圏への出店を考え始めた時、そうもいかなくなった。

ただ、それにはしゃにむに多く出せばいいのではなく、よりすぐれた一等地へ出すことが絶対条件。保証金の金利を換算すると集客率の高いメリットの方が大きい。加えて広告塔にもなる。それに、まわりもレベルの高い店が軒を連ねるでしょうから、競争し合うことでいい刺激になりますしね。

――競争といえば、いよいよ激しさを増すばかりです。

赤塚 近くに大型の料理店ができましたが、心配してません。向こうは団体のお客さんが対象で年間通して来店回数は少ないため、メニューはほぼ同じです。変えるとしたらその分経費もかかるし、客層も絞り切れなくなるでしょうから。それに比べるとうちはリピート率が高いので常にメニュー替えを行うし、おのずとサービス方法も異なります。ですから、お互い別々の方向性を持ちながら競合しつつ実は共存しているわけですね。

利益を出すためにリストラを行い人件費を減らす方法もありますが、それをやるとサービスの質が落ちる。また、原価率を下げることもよくない。

それなら、利益率の上がる店を新しく出店してゆけばいいと思っています。それと、仕入れ業者とはコミュニケーションを密にしながら少しでも値打ちのものを入れてゆく方針でいます。産地の情報ももらうなどお互いにおいしいものを追求し合うんです。もちろん仕入れ先は一社に絞らず、ひとつひとつチェックを怠らないことですね。

――本社ビル一階に惣菜の店を出されましたが。

赤塚 はい。女性の社会進出で料理するヒマがないことはご存じの通りです。うちでも家内は本店の女将でして食事は自ずと店屋物か外食になるわけですが、これが決まったものばかりで飽きてくるわけですね。惣菜の必要性は実感です。

牛肉、豚肉、鶏肉、ハム、こだわりの惣菜類を総合的に組み合わせ品ぞろえを拡大させて日常型店舗を開発させました。とにかく「手間ヒマかけた作りたてのおいしいもの」を並べる商法で、幅広いアイテム数、値打ち感、核家族のためにわずかでも買えるシステムを完備させて、とこれからも次々に出店してゆく計画です。

――株式公開されました。

赤塚 今後の店舗展開を考えた時、設備投資や出店保証金などの資金需要が発生するわけで、その調達手段を多様化するために踏み切りました。これによって知名度や信用度が上がることを期待するとともに、社員の志気も高まってくれればと思ってます。

無理なやり方ではなく、じっくりと数字をのばしてゆく堅実経営を心がけたいものです。

――さらに躍進されることを願っております。ありがとうございました。

◆(株)柿安本店(三重県桑名市吉之丸八番地、電話0594・23・5500)=創業明治4年。牛鍋店からすき焼き・しゃぶしゃぶ店へ「松阪牛」の老舗としての地位を確立、現在桑名を中心に名古屋、大阪、東京へ一三の直営店を展開させている。また精肉販売を手がけ日本料理を取り入れ牛肉しぐれ煮の製造販売、最近では惣菜の製造販売など広範囲に広がる。

今年、株式の店頭公開を行った。年商一一四億五〇〇〇万円。従業員一〇四八人(うち正社員四六七人)。

百二十有余年の歴史を持つ松阪牛の老舗「柿安」。「松阪牛のおいしさと日本の食文化を全国の人に伝えたい」と、四代目の赤塚社長は使命感をもって取り組む。しかしまた「のれん」に甘えることなく、時代の流れにそって「レストラン事業」「牛肉しぐれ煮事業」「精肉事業」の三つの柱を展開させている。

「朝の四〇分は観音さん仏さん神さんをお参りしてお経をあげるのが日課」という信心深さ。願い事を心に念じ、心を落ち着けて精神を集中させる大切なひとときだ。

「社員と心を通わせ、兄弟や家族と仲良く」がモットー。「和」を重んじる。昭和7年生まれの六五歳。

(文責・片山)

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