歩こうある考:森を歩こう

2005.03.10 116号 5面

静岡県は伊豆半島の付け根に、函南原生林という森がある。ここは江戸時代から禁伐林として手厚く保護されてきた地域で、床柱にしたら数百万円はすると思えるヒメシャラの大木やオオモミジをはじめ、樹齢700年といわれるアカガシ・ブナの巨樹が自生している森だ。

さらにこの辺りは、遠くネパール・ヒマラヤの中腹、ブータン、中国の雲南省から連なる照葉樹林帯にかかっているので、冬でも葉を落とさない常緑広葉樹も多く、豊かな樹林を形成しているエリアだ。

シイやカシなど、厚めで光沢があり、緑とはいえ色が深くて普段は暗い感じがする常緑広葉樹の葉も、3月ともなると、空の明るさのせいかなんとなく緑が若く、春を感じさせてくれる。そんな春への息吹や巨樹の力をもらう森歩きにでかけた。

森を歩くのが健康に良いのは、フィトンチッドのためだとよく知られている。フィトンチッドとは何かというと、主に樹木が出すテルペン類を主成分とする揮発性の物質の総称で、身近なものでは杉やヒノキの香りそのもののことだ。

響き良く聞こえるが、本来の意味は、「フィトン」=植物が、「チッド」=殺すもの(ひと)を表す、かなり怖い意味のロシア語だと知っている人は少ないだろう。毒キノコ、トリカブト毒、漆、ジャガイモの芽のソラニンなど文字通り人間に有害なものもフィトンチッドに含まれるそうだ。もともと植物がフィトンチッドを作り出すのは、鳥や昆虫、微生物などの食害から身を守るためや、より攻撃的に自分以外の植物の生長を阻害する物質を発散して、自分だけ大きく育つためなのだから、その命名もうなずける。

そんな植物界の兵器ともいえる有毒物質なのに、ワサビやササの葉・ヒノキの抗菌作用、ハーブの香りが作用するリフレッシュ効果や健康効果など、なぜか人間にとっては有用なものが多いというのも、自然の不思議だ。

心肺機能向上、身体作りのためのエクササイズウオーキングも大切だが、こういう不思議いっぱいの森を歩くのは、心と身体のバランスがとれた健康作りに欠かせない。

森を歩こう。そしてその時は早足はいらない。姿勢もリラックス。ゆっくりと、ただ大きな呼吸をして、ゆったりと流れる時間を楽しむのが一番だ。

((社)日本山岳ガイド協会認定ガイド 石井明彦)

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