微生物の神秘の力で免疫を上げる! 東京農業大学教授・小泉武夫さん

2003.11.10 100号 8面

発酵食品は身体にいい‐‐いまでは異議を唱える人はいないが、40年前は真面目な発表も世間に「そんなバカな!」と笑われる話だったという。私たちの食生活の智恵は、研究者の汗と涙の結晶だったようで…。「発酵食品といえばこの人」の小泉武夫さんの講演から、「食べなきゃ損かも」と思わせるエッセンスをお届けする。

(ナチュラルEXPO2003食と健康の祭典記念講演会から 東京農業大学応用生物科学部教授 小泉武夫さん)

少し前、世界はSARSで大変でしたが、この病気は年齢で罹患率が違いました。六五歳以上の人はWHOの予測で死亡率七〇%。ところが三〇代の人は一七~一八%です。また子供は中国でも二~三人かかったもののいずれも非常に軽度で治った。

これはなぜかというと、子供は私たち人間の中で一番免疫が強いからです。生まれたばかりの赤ちゃんは一年間ははしかにかからない。風邪などウイルス性のものに抵抗力が強い。お母さんの母乳の中に乳糖と鉄がくっついた非常に強い免疫のラクトフェリンがあるからです。赤ちゃんが大きくなってくると、お母さんは母乳のラクトフェリンを作らなくなる。しかし子供は自分でも免疫を作ります。日々大きくなる、細胞がどんどん新陳代謝すると、そこには必ず免疫細胞というのがある。育ち盛りの少年の免疫力が強いのはそのせいです。

母乳のラクトフェリンは赤ちゃんだけではなく、大人にも効きます。例えば五〇歳の人がまだお母さんのおっぱいを飲んでいれば、風邪は引きにくいし、がんになりにくい。でも現実には無理です。ところが皆さん、驚きです。いまスーパーに行ってごらんなさい。ラクトフェリン入りのヨーグルトが販売されています。この冬、風邪を引きたくないとか、がんを予防したいとか、心配がある人はこうしたものを食べればいい。免疫には自分で作るものと、外から食べ物で摂取するものと両方あるわけです。何を食べればいいか、そうです。発酵食品です。

発酵食品が身体にいいと言われるようになったのは、この二〇年ぐらい。醗酵食品の保健的機能性の最初の発表は昭和37~38年、日本がん研究所免疫部長の平山雄博士が発表した「みそ汁を毎日飲んでいる人は、飲まない人に比べ胃がんの発生率が際立って低い」ではないかと思います。「そんなバカな!」というのが世の中の反応でした。

ところがその後、薬・手術偏重の医学を見直そうという動きが起こってきた。もっと自然で患者にやさしい治療法はないかと。そこで歴史のあるいくつかの大学の医学部に、免疫学や病理学の教室が開設された。ここから醗酵食品などの食べ物と病気発生の因果関係研究が始まったのです。

発酵食品がなぜ身体にいいかというと、例えば納豆。ゆでた大豆を食べるだけだと、そこには人間と大豆の関係しかない。しかしそこに納豆菌を増殖させるとその間に全く別種の生命体が関係してくる。神秘的な微生物が存在する。納豆菌がさまざまな物質をつくるのです。例えば血栓を溶かし血液をサラサラにするナットウキナーゼ、血圧を正常に保つアンジオテンシン系阻害酵素など。また納豆菌はあのO‐157などの病原性大腸菌にも大変強い。いろいろな組み合わせを試しましたが、納豆菌の一〇〇戦一〇〇勝です。

微生物は自分の子孫を残すために自分以外のものは殺します。それを利用したのが医学の抗生物質、いま三〇〇ぐらい種類ができた。抗生物質があるからこそ人間はここまで生き延びてきた。麻酔剤はなくても痛いだけで手術はできます。でも抗生物質がなかったらできません。そこから化膿してきて肺炎になってしまうからです。しかしいくら具合が悪くても抗生物質を大量に飲んだら、腸の中の自分の味方である菌がみんなやられてしまいます。抗生物質は一つの菌に対してアタックしますが、免疫はそうではない。自分または自分の宿主に対してそれを守る、防御する物質です。

クサヤで知られる新島は長い間無医村でした。島の人は病気になるとクサヤの発酵した汁で治していたのです。便秘・下痢、風邪を引いた、疲れたなどの時、飲む。便秘でも下痢でも飲むのは整腸作用があるからです。私の友だちの久米宏さんが飲んでみたいというので「それなら番組で飲んだらいい。そんな勇気があるか」と言ったら、「ある」と言う。そして久米さんは『ニュースステーション』で本当に飲んだんですね。「臭いものですねえ」と言ってました(笑)。

手や足を切ったりした時も島の人は漬け汁をつけます。僕も調査の時、手に切り傷を作ってしまい使いました。翌日かゆくなった。これは自然治癒が始まっている証拠。四~五日できれいに治りました。

クサヤが発酵しているのは一種類の菌によってではない。あの中には大変な種類のクサヤ菌がうじゃうじゃしています。自分の子孫だけを残したいためにそれぞれの微生物がキラー・ファクターを出すわけですから、オールラインの抗生物質ができてくるわけです。

次はお酢の話。アメリカの大学のいまから五〇年くらい前の研究なのですが、当時の四八州のうち、一番病気にかかりにくく、薬代と治療費がかからない州を徹底して調査したところ、ずば抜けた州があった。バーモント州という田舎です。そう、リンゴの産地。リンゴでワインを作り、余った分を発酵させて酢酸にしアップルビネガーというお酢を作っている。それでこの州はお酢の消費量が全米一多かった。

お酢には老化防止のための成分が多く含まれています。血圧を平常に保つと同時に血中コレステロールをどんどん排除します。また体内の脂肪分解促進の効果も極めて強い。糖尿病・肥満・脂肪肝・過酸化脂質などの抑制効果がすでに発表されています。

その昔、江戸時代の暮らしは発酵食品を非常に有効利用していたんです。死亡率が一番高かった夏、暑いのでみんな衰弱しますが、そこで活躍するのが甘酒です。大坂・江戸・京都などの城下町では、真夏になるとものすごい数の甘酒屋さんが町に出た。バテた身体を治すには甘酒が一番いい。あの甘みはブドウ糖、それに麹菌が作った完全な天然型のすべてのビタミンがすごい量入っています。またコメにはタンパク質があるから、麹菌がそれを分解してアミノ酸にする。必須アミノ酸はもちろん、一般アミノ酸もたくさん入る。つまり甘酒というのは、ブドウ糖の溶液であり、総合ビタミンの溶液であり、総合アミノ酸の溶液です。現代医学でいえば点滴です。このことを江戸の人たちは分かっていたのですね。

それから納豆。納豆の本を書いた時、困ったのが、江戸時代に納豆をご飯にかけて食べたという記録が出てこなかったことです。歴史の学者に聞いても長いこと分からなかった。自分で調べてようやく分かり、驚いたことに関西でも納豆を非常に食べていた。それもすべてみそ汁の中に入れて、つまり納豆汁にして食べていたのです。宿屋のメニューに納豆汁の話がずいぶん出てきますが、納豆かけご飯は出てきません。考えてみれば分かることでした。その頃白いご飯に納豆をかけるなんて、よほどの金持ちでないとできません。

江戸の人たちはまた菜っぱの漬物をいっぱい食べていた。お香こですね。これには乳酸菌が何億とついている。コメだって精米していない。当時の人は腸からビタミンを思い切り吸収できる素晴らしい食生活をしていたんだなと考えられます。

しかし江戸幕府が崩壊して明治政府になると、ヨーロッパに遅れをとってはならじ! と急いでイギリスやドイツからお雇い人をつれてきて、西洋医学が始まった。ここで江戸時代までの中国の影響を受けた漢方医学が途絶えてしまい、その中心である医食同源の考え方がなくなってしまった。私の娘も医者をやっていますが、そこでのカリキュラムの中では食べ物学はゼロです。これはどうもおかしな話です。食べ物が分からないで、よくお医者さんができるな、です。僕は全国の管理栄養士さんを栄養医師というお医者さんにして、医師が病気にメスなり薬などで施術した後、栄養医師がその後の患者を診て食べ物でさらに身体を治す、そういうシステムにしたらいいと思いますね。

発酵食品など、食べ物の力を大いに活用して、健康生活に役立てていく世の中にしていきたいですね。

◆プロフィル

こいずみ・たけお 1943年、福島県生まれ。実家は酒造業。東京農業大学醸造学科卒。現在、東京農大教授、農学博士。専門は醸造学、発酵学。著書は、『食と日本人の知恵』(岩波文庫)、『発酵食品が効くレシピ94』(グラフ社)、『発酵食品礼讃』(文春新書)など73冊。

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