だから素敵! あの人のヘルシートーク:サカモトキッチンスタジオ・坂本廣子さん
やけどするほど熱い鍋、良く切れる包丁‐‐これらを使いこなし、幼稚園児たちが料理を作ると言っても、あなたは信じるだろうか。しかし、これを実践している女性がいる。すでに一七年近くも地元神戸市の幼稚園で、毎月園児だけの料理教室を開いている幼児料理教育のパイオニア、坂本廣子さんだ。子供たちが五感のすべてを使い、体感しながら料理を進めていく体験型の食教育を常に前向きにパワフルに実践する坂本さんに、幼児教育にかける熱い思いを伺った。 ご縁があって、神戸の聖ラファエル幼稚園でもう一七年ほど毎月一回、料理教室を開いています。この教室では、炊飯から、だし取り、魚の三枚おろし、焼き物、煮物、天ぷらまで、すべて子供たちが中心で作っています。最年少の二歳児も、年長児に助けられて一生懸命取り組んでいます。
幼稚園児に包丁を持たせるなんて危険だと言われる方もいらっしゃるでしょうが、この教室でケガをする子はほとんどいません。そして、大人顔負けの料理を作るんです。これには本当に毎回びっくりします。けれど、それはケガをしないためのある「儀式」をしているからなんですよ。この儀式をすると、不思議とケガをする子がいないのです。
●ケガをしないための儀式
「これは何かな?」
「包丁!」
「何をする道具かな?」
「お野菜とか切るの!」
「じゃあ、この包丁の下に指を持ってこないって、お約束できるかな?」
「できる!」
私はいつも料理教室の冒頭に子供たちとこんなやりとりをします。すると、子供たちからは元気いい返事が返ってきます。
このやりとりが、ケガをしないための「儀式」です。その「儀式」の後、私が一つ一つの作業を子供にも分かるやさしい言葉で丁寧に説明すれば、子供たちは真剣な表情で、身を乗り出し聞いています。おしゃべりする子はいません。料理をする時も、一生懸命に取り組んでいます。
きっと、この儀式によって、子供たちの中に「包丁は危ない、料理も難しい。けれど、頑張ろう」という責任感が芽生えるからでしょうね。子供たちは自分で見つけた責任に対し、実に素直で前向きです。
●体験の中から発見、疑問、工夫
私は、子供たちが五感のすべてを使って、体感しながら料理をする「HANDS ON」(ハンズオン)を基本姿勢として大切にしています。
今の時代は、図鑑を見れば、野菜も魚も頭で理解することはできます。しかし、ニンジンの固さ、ネギのにおいは、実際に肌で感じなければ分かりません。また、包丁や火も、絵で見ただけではたいして役には立ちませんが、危険だけど、正しく使えばこんなに便利なものはないと、自分で使ってみれば分かるのです。こうした体験は、誰も代わってあげることはできません。
私は、子供料理教室の時、子供には最初から最後まで通して経験させるように心掛けています。野菜も魚も、できる限り原形を見せて、触らせて、においを嗅がせて、素材そのものの処理から子供たちに経験させます。
切り身だけ見ていたら、魚の原形を知らないのは当たり前。あの固い高野豆腐を水につけるとどういう感触になるのかは、やってみないと分かりません。実際に触れてみれば、干物はどうしてシワがあるのか、そんな疑問を持つ子もいます。こうした経験の中での発見、疑問、工夫、対処が、子供たちにとって最も大切なことだと思います。
子供扱いして、大人があれこれ手を出すと、子供の経験のあちらこちらが「ブラックボックス」になり、結局物事の全体像が理解できないようになります。大切なのは、出来上がりや部分ではなくて、全体なのです。
●子供の姿を見て、大人も学ぶ
けれど、もちろん子供は何もかも大人と同じにはできません。子供はまだ大人ほどの力はありませんし、身体の機能も出来上がっていないからです。だからこそ、まわりの大人は事前に危険を回避するための準備をしなくてはいけません。そして、責任は包丁と一緒に思い切って子供たちに預けましょう。
子供たちは、自分で発見し、体験しながら成長していきます。一つのことをやり遂げた達成感は、子供たちにとって大きな自信となり、様々な問題に立ち向かう勇気を育ててくれるでしょう。
食は人間の生活の中で最も重要な部分です。私は、ある面で「台所は社会の縮図」だと確信しています。将来を担う子供たちと一人でも多く接して、料理の楽しさ、食べ物の重要性を学んでほしいですね。
私は、そんな子供たちの姿を見て、たくさんのことを学びました。大人の方々にも、同じようにたくさんのことを感じてもらえればうれしいです。料理を通して、体験する喜び、達成する喜びを知ることで、男女ともに自分で食事を作れる、自主性を持った社会になっていってくれればと思います。
●高齢者向けの活動にも
今後、高齢者向けの活動にもさらに力を入れていきたいと思っています。
一方的に与えられる介護食を食べるだけではなく、できるうちは、自分の好きなものを作って食べるというのは、人間の尊厳にもつながる重要なことだと思います。幸い熱意と体力には自信がありますし、賛同いただける方も増えています。これからも、しっかり楽しみながら取り組んでいきたいと思います。
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坂本先生は3月27日、日清食品(株)(東京都新宿区、03・3205・5252)主催の「フーディアムセミナー」で、「つくろう、食べよう食育クッキング」と題し、子供料理教室を開催。会場には約五〇人の親子が出席し、すべての料理を子供たちだけで調理した。
献立は「グリンピースの炊き込みご飯」「『チキンラーメン』のすまし汁」「青菜の落花生和え」「高野豆腐と野菜の玉子とじ」「若草もち」の五品。
子供たちが自らだしをとり、野菜を刻むなどの奮闘ぶりが会場のあちらこちらで見られ、初めて包丁を持つわが子に、感動する親たちもいた。最後の試食会では、出来上がった料理に、参加者全員が舌鼓。「いつも好き嫌いが多い子なのに、今日は私の分まで食べてくれた」という親たちの喜びの声も聞かれ、会場は大いに盛り上がった。
▼「フーディアムセミナー」=日清食品が豊かな食文化を築くため、一九八八年から開始した「フーディアムクラブ」の一環。毎月講師に多彩な顔ぶれを招き、食に関するセミナーを開催している。
(取材協力=日清食品(株))
◆坂本廣子さんのプロフィル
サカモトキッチンスタジオ主宰。NHK学校放送番組委員、甲子園短期大学非常勤講師、農林水産省食と農の応援団員、子供のための博物館「キッズプラザオーサカ」外部研究員。著作『料理絵本ひとりでクッキング』全一〇巻、『がんばれひとりのごはん』全二巻ほか多数。