滋味真求:「髄園別館」真骨頂は中国庶民料理

1997.03.10 18号 18面

中国料理のバイブルといわれる『随園食単』を著した清時代の大老餐(グルメ)である袁枚(エン・バイ)先生。その名著の名を冠した『随園別館』という北京料理の店が新宿にある。

開業して二七年。最近新宿駅寄りに引っ越して新装開店したが、相変わらずの繁盛ぶり。日本人客に混じって中国人、欧米人。日本語、中国語が飛び交う喧噪さは、東京の真ん中にあって、香港や台北の下町の食堂の雰囲気である。

東京で最初に水餃子を出した店としてご承知の方もおられると思うが、中国北方の家庭料理が食べられる得がたい店でもある。もちろん北京料理と銘打った店であるから、北京〓鴨などの各種料理も定評があるが、なんといっても真骨頂は中国庶民料理である。

今では水餃子などは珍しくはないが、餃子というと焼き餃子か、香港の飲茶に出される、蝦餃という透明なエビ蒸し餃子のことと思っていた二十数年前、この店のボリューム感ある水餃子を食べたときは、ちょっとしたカルチャーショックを受けたものであった。

小麦粉をよくこねて作った、ぼってりとした肉厚の餃子の皮の中に、新鮮な豚肉がたっぷりと入り、肉汁の滴る水餃子を食べて感激したものである。値段は物価の上昇とともに多少は上がっているが、味は初心忘れず、というところ。

われわれが「貧乏人の北京ダック」と称している合菜代帽はこの店の名物料である。細切りの豚肉に、春雨、モヤシ、キャベツなど数種の野菜を炒め、中国甘味噌と醤油で味付けし、その上に薄焼き卵を、ちょうど帽子のようにふんわりと被せた料理。北京ダックのように春餅(小麦粉の薄焼き)に甘味噌を塗り、細切りネギと具を包み込んで食べる。「貧乏人の北京ダック」どころか、食物繊維の多い、ヘルシーな野菜料理として女性客に大好評である。

値の張る北京ダックには手の届かない中国庶民が、負け惜しみ? に作った野菜料理。それが時代とともにヘルシーな料理として脚光を浴びる。おかしなものである。

江戸時代、捨てるようなマグロの脂身から、長屋の住民が作り出した貧乏人の傑作料理「ネギマ鍋」と同列なもので、いつの時代も庶民の「食」に対する執念には脱帽する。

この季節には身体のしんから温まる「酸菜火鍋」と「酸辣湯」がおすすめ。酸菜火鍋とは北方庶民の鍋料理である。具にする白菜は熱湯を通して、塩を使わずそのまま桶に漬けて一カ月。乳酸発酵して少し酸っぱくなった白菜をぶつ切りにし、鶏肉、豚肉、春雨、野菜など数種の具と一緒に鍋にして、腐乳、ごまなどで作った特殊なタレで食べる。ほのかな酸味とまろやかな白菜の風味が滋味である。白菜は塩漬けではないので、塩分控えめの方にも喜ばれる。

酸辣湯とは豚肉、キクラゲ、椎茸、豆腐、タケノコなどの実だくさんのスープである。醤油、酢、コショウで味を調えた、健康的なスープである。一皿の水餃子と、一わんの酸辣湯で立派な昼食となる。

店内の正面に「特別定食」と「御推薦品」のポスターが張られているが、中でも香鶏巻(湯葉の鶏肉巻)や中国ソーセージが珍味。メニューも種類が多く、初めての客は戸惑うが、日本語の堪能な店員が多いので親身に相談にのってくれる。

食材は水餃子の皮、中国ソーセージ、酸菜火鍋の白菜漬けなどすべてが無添加、無着色の自家製品で、価格はリーズナブル。それで本格的な中国北方料理の味わえる良心的な店である。

店主の張明山大人は、東京で中国家庭料理を普及した功労者で、テレビの料理番組でもおなじみだが、今は第一線を退き、子息の君成氏が店を取り仕切っている。一階、二階とも七~八〇人収容のダイニングルームだが、個室もある。

営業時間11時~22時、年中無休。所在地=東京都新宿区新宿二ノ七ノ四。交通=地下鉄新宿御苑前駅から徒歩2分。

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