情緒たっぷり栄養たっぷり「月見芋」 どうして男はトロロが好きか
月月に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月
日に日に月が昇る時間が早くなる。27日は中秋の名月。待ち望む気持ちからイモでお月様を作ってみた。冒頭の歌はその昔、京の宮中の宮女たちが、お月見の席でイモに荻の木で穴を開け、遠くの月をのぞいて楽しんだエピソードが盛り込まれている。旧暦ではお月見は8月。それで月が八つうたわれているというお遊びだ。
で、このイモが何だったかというと、南方渡来のサトイモ。これは昔から女の大好物であったことが分かる。それでは男のイモといったら……。これは今回の主役のヤマイモと言い切って問題ないだろう。
「花婿にはヤマイモを食わせろ」という伝承が世界中にあるという。中国では「山薬」という漢方薬として、日本でも昔から精力剤として知られ“ヤマウナギ”との別名をもつ。その秘密はあのぬるぬる。イモ類の中でもヤマイモはたんぱく質を多く含んでいるが、ぬるぬる成分はそのタンパク質を無駄なく働かせ体内ですぐにエネルギーに変える働きがあるので夏バテなどの疲労回復にも有効、また胃弱の人にうれしい健胃効果もある。デンプン消化酵素のジアスターゼを多く含み、生で食べるとより消化がよくなる。食欲の秋を満喫するのにはとろろは欠かせぬ一品だ。
ところで、ヤマイモと聞いてあなたはどんな姿のイモを想像するだろうか。じゃんけんのパーの形をした淡黄色のざらざらしたものを思ったとしたらたぶんあなたは東方の人、じゃんけんのグーの形で黒くゴツゴツとしたものを想像したとしたら西方の人だろう。
里のイモに対して山で採れるイモを総してヤマイモと呼ぶ。ヤマイモには天然種と栽培種がある。栽培種では棒のような長イモの他、関東地方(埼玉)が生産地の手のひら形のイチョウイモ、関西地方(伊勢・丹波)が主産地の握りこぶし形のツクネイモがある。長イモは水分が多く粘りが少ないので、とろろに向くのはイチョウとツクネ。
しかし何といっても最も味がよいとされるのが各地の山野に自生する自然生(ジネンジョ)。すり鉢でする手を途中で止めて手を持ち上げてみると、すったものすべてがきれいに鉢からはがれくっついてくるほど粘りが強く、肉質がしまって味もよい。この粘り気とおいしさの秘密はゆっくりじっくり成長することにある。天然ものは六〇センチメートルほどになるのに三~四年かかるという。そのせいか、ヤマイモの花言葉は「気長」。
そしてまた、これを掘り出すにもゆっくりじっくりがポイントとなる。木の根のように細長い形をして折れやすいため、気長な人ほど上手に掘れるという。こんなヤマイモの粘り強い特性にあやかって人生を粘り強く生きようという願いから、信州では正月二日の朝にとろろ飯を食べる風習がある。身体と心の滋養強壮に、とろろは昔も今も日本の庶民に愛され続けている。